ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491657hit]

■怪獣道なんてないよ/『30独身女、どうよ!?』(岡田斗司夫)ほか
 朝というか、未明の頃、目を覚ましたら、しげがまだ帰宅していない。
 さて、さすがにどうしたのだと思って携帯に連絡を入れてみると、なんとまだリンガーハットにいる。
 「勤務時間は終わったんじゃないのか?」
 「ああ、なんか居残って話しこんじゃって……。もうすぐ帰るよ」
 夕べは職場で一晩明かしたらしい。
 こういうときに私は「あっそ」で済ましてしまうので、しげから「妻の身は心配じゃないのか」とか愛情を疑われてしまうんだけれども、だったらちゃんと連絡を入れて「遅くなるよ」と言えばいいのである。
 オトナなんだから、いちいち心配してもらえるなんて甘えちゃいかんがね。

 連休のあとの仕事くらい、やる気の出ないものはない。
 つーか、なんだか集中力が続かない。
 一通り年末の仕事は片付けちゃって、取りたてて慌てなきゃならない仕事がないせいかもしれない。
 けど、なんとなく意識は茫洋、何か喋ってるんだけれど、その自分で喋ってるセリフを片端から忘れていってる。単に寝惚けてる状態なのかもしれないけれど、ちょっと自分でもヤバイ状態だなと言うことがわかる。
 風邪にしちゃ熱はないしなあ、どうしてかなあ、と思ってたら、土曜日、医者に行かなきゃならんのを忘れていたことに気付いた(おいおい)。
 な〜んだ、薬が切れてたせいか。
 ……じゃないよな。ってことはこのなんともだるーい状態のままでこの年の瀬をすごさにゃならんということか。
 映画に行ってたりしてる場合じゃなかったよなあ……って仮に医者行きがあったことを思い出してたとしても映画にも行ってたろうけど。
 年末は病院も休みなので、次の通院は年明け。薬が少しは残っちゃいるので、それまでちびちび飲みながらなんとか持たせて行くしかないか。


 『キネマ旬報』1月上旬号を何気なく開くと、金子修介監督が、『“怪獣映画”監督の仕事』と題したエッセイを寄せている。
 円谷英二のムック本で、唐沢俊一さんが「金子監督は『ガメラ1』のときに、ガメラを回転させて飛ばせることに最後まで納得できなかったらしい」と伝聞をもとに批評したことについて、「監督が最後まで納得しないで映画を撮るなんてことはあり得ない」と反論している。
 この「回転ジェット」についてのやりとりは、多分、お二方の単純な誤解と行き違いだと思うし、金子監督が「企画段階で回転ジェットはリアルじゃないと思っていただけ」という主張するなら、それはそれで問題は終わりなのだが、気になったのは、そのエッセイのラストの部分。
 「僕が怪獣映画ジャンルを否定? この人(注・唐沢俊一さんのこと)の説く怪獣映画『道』という閉鎖空間から外れているからなんだろう。怪獣映画への道は険しいもんだね」
 ……皮肉か揶揄のつもりなのか知らないが、「大人気ない書き方だなあ」というのが第一印象だった。更に言えば、「怪獣映画監督」と自分を認識しているんなら、こんな下卑たモノイイはしてほしくなかったなあ、というのが正直な感想。
 もはや万人が納得する『ゴジラ』なんてものはありえない、ということは解りきっているのだ。だから今回の私から見れば「何それ?」的なゴジラだって、「世間の評判もまあまあらしいし、ずいぶんみんな心が広いなあ、それもありなのかなあ」と、映画の存在自体を否定しようとまでは思っちゃいなかった。
 それを、こんな「私の考える怪獣『道』の方が正統」(もともと「道」なんて言葉を唐沢さんは使ってない。これこそ金子監督の「曲解」だろう。言い替えれば、金子監督にはハッキリと自分の考える「道」がある、と主張したいのだと受け取れる)みたいな書き方をされると、これまで『ガメラ』シリーズを支持し、『ゴジラ』にも称賛を寄せて来ていた怪獣ファンたちの思いをかえって裏切ることにはなりはしないだろうか。


[5]続きを読む

12月25日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る