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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■はったらっくおっじさん/『BEST13 of ゴルゴ13』(さいとう・たかを)
週遅れどころか、ついに十日遅れ日記になってますが、さて、私の記憶力はどこまで辿れるのだろーか。
ともかく、そろそろ爆走だ!
同僚が足を怪我してビッコを引いている。
「どうしたんですか?」
「いや、起きたら急にこうなってて……」
「病院には行かれないんですか?」
「いやそんなヒマないですよ」
内心「休めよ」と思いながら、口では、はあ、そうですか、と言うしかなかったが、なんだか、このへんの感覚が世間の人々と私のズレであるのだなあ、としばらく黙考。
私のようにしょっちゅう病気で仕事休んでる人間は、世間的には「ダメ人間」の烙印を押されてるんだろう。けれど、そういう烙印を押しちゃうヒトは、自分が病気になったときには自分自身も「ダメ人間」の烙印を押されてしまうってことを、どの程度自覚してるんだろうかと思うんである。
多分、ウスウスは感づいているのだ。
だから、「病気になったって休んでられない」と思い、無理をし続ける。
そういう考え方って、自分を追いつめちゃうことにしかならんと思うんだけどなあ。けど、無理をさせる会社の方がおかしいんだ、なんて考えたりしたら、即座にクビになりかねんから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないね、今のご時世じゃ(´o`;)。
しかし、それで一番迷惑を被っているのは、病気を抱えつつ、なんとか頑張って仕事しているヒトたちなんだけどね。
ともかくちょっと休んだら白い目で見られるのはなんとかならんものか。
「今日はなんか、仕事行きたくない気分だしい〜、なんか課長の顔見てるとムカツいてくるからあ〜、休んじゃお〜っと」てなこと言って仕事サボリまくるヤツと同レベルに見られてるんだもんなあ。
しかし、いくら抗弁しようと、ちゃんと診断書まで出していようと、結局は「使えないヤツ」ということで十把ひとからげに見なすのが、世間というものなのである。
それで身を粉にして働けったってねえ。
どう言われたって、やっぱり自分のカラダの方を優先するよ。こちらの身を考えてくれない職場のために尽くしてやらなきゃならない義理はないって。
コドモのころ、「世の中をよくする」ってことは、「人間が働かなくてもよい社会をつくっていく」ことだと思っていた(←もちろん、これは「水木しげる」史観である)。高度経済成長だって、オトナたちは、「これだけ働きゃ、あとで楽できるだろう」という考え方のもとにやってるんだと思っていた。
多分、その見方はそう間違ってはいないと思うんだが、それがだんだん積み重なって行くうちに、「働いてない自分は自分でない」という感覚がみんなの身に染みついてしまったんじゃないか。
日本人のアイデンティティが「働く自分」「職業人としての自分」だけに集約されちゃってるんである。だから病気になったり、定年退職したりして、それを喪失してしまうと、自分が自分でなくなってしまったように感じて、呆けてしまう。ひどい場合は自殺する。
それはもう、世間が人間を「肩書き」でしか判断しなくなっている、というか、それがないといられない「不安症候群」に罹ってるからにほかならない。
今の失業率が一向によくならないのも、「景気が悪い」以上に、結局はリストラされた人たちが、自分の「肩書き」的なものに拘ってるからだろうという気がして仕方がない。
40歳を過ぎたら就職口がない。
なら、どうして屋台を引かないか。
リストラされても多少は退職金が出るだろう。百万あれば、屋台は用意できる。月十万稼ぐのだって難しかろうが、人一人暮らして行くのならそれで充分だ。妻や子供にも働かせれば、生活はもっと楽になる。高校くらいまでなら、奨学金で子供を学校にやることだって可能だ。
結局、自分に「何かができる」なんてゴーマンな気持ちがあるから、仕事が見つからないのだ。私だって、もし無職になったら、今みたいなオタク生活は捨てるよ。今、ウチにある本とビデオ見返すだけで余生を充分楽しく暮らしていけるし。
充分ゼイタクかな。
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12月17日(月)
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