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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■休日満喫テレビ三昧/『パワーパフガールズ』第46回/『サイボーグ009』第6話ほか
オタアミ当日まであと6日! カウントダウン6!

 夕べはしげが帰ってきた3時ごろに目が覚めちゃったので二度寝。
 でも、やっぱり寝つけず、いつもよりちょっと早く6時頃に目が覚めた。寝つけなかったのは夕べ見た夢のせいかもしれない(^_^;)。
 一日の平均睡眠時間が6時間だなあ、たまには8時間くらいゆっくりと寝たいなあ、とか思っていても、早寝するとやっぱり6時間で起きてしまうのである。……ジジイになってきたってことかな、これ。
 いやね、『エンピツ』の日記をあちこち覗いてて思うのはさ、書いてる人ってたいていが20代の女性みたいな気がするのね。私みたいにもうすぐ四十郎の中年男(あるいはそれ以上のトシの人間)がどれだけいるかって考えたら、殆どいない気がするのね。なんだか一人だけ浮いてるなあと思いつつ、その「浮き具合」を楽しんで読んでくれてる読者の人もいるんじゃないかなと勝手に思ってるわけですよ。
 でも、日記書くのって楽しいと思うんだけれど、どうしてこんなにオトナの男が少ないかね。もともと日記は、日本においては10世紀末まで、男のみに許された特権であった。ところが平仮名の発明が一気に女性に日記文学発展の道を開かせた。そこには紀貫之というネカマの元祖(ご承知の通り『土佐日記』は女性に仮託して書かれた)が仕掛人となったという背景はあるものの、「日記」という自己表出の方法を最大限に活用したのが女性であったという事実は否めない。それ以前に男性によって書かれていたであろう漢語による日記は、現代、ほとんど価値を見出されていないのである。
 結局、男は事故を表出する手段としては「小説」などの純然たるフィクションに流れるしかなかった。現実をも虚構化する女性のパワーを、男性はついに持ち得なかったのである。それは「日記」を客観的な事実の表記としてしか認識できなかった男の限界でもある。しかし、高度に複雑化して現実を客観視すること自体不可能になった現代、もう一度過去の女性に倣って、男が目の前の現実を自分のものとするための手段として、日記を書き始めてもいいのではないか。
 それは男の、男による、男のための日記である。
 ……いや、さ○系じゃなくて(^_^;)。

 今日はともかく一日ぐでっとテレビを見てようと決心。来週はいよいよオタアミ当日で、休みとは言えゆっくりは出来ないと踏んでるからだ。


 『パワーパフガールズ』第46回「ともだちになりたい!/SUPERFRIENDS」。
 ここしばらく30分一本の長尺版が続いて放送されてるみたいだけど、今回はそのボリュームに足るだけの名編。
 PPGの隣家に引っ越してきたのは同じ幼稚園に通うことになるかわいい女の子、ロビン。この出会いの描写の演出がきめ細やかで実にイイ。
 垣根越しにこっそり覗き見しながら引越し荷物を確認しているPPG。
 「ドレスがあるわ。女の人よ。ハカセの恋人になってくれるかも」
 「ドレスがあるからって女の人とは限らないわ(おいおい)」
 「ダンベルがあるわ。男の人よ!」
 「マッチョな女の人かも。それでハカセと恋仲になって……」
 「ベッドがあるわ!」
 「……なーんだ、夫婦ものか」
 「見て! おもちゃ! 子供がいるんだわ!」
 おもちゃの箱の陰からこちらを覗いていたロビンの前に飛び出して行って思わず声をかけるバターカップ。
 「あなただれ? 年はいくつ? なにが好き?」
 「私はロビン……幼稚園で……好きなのは象」
 「象を食べるの?」
 おとなしげなロビンにブロッサムとバターカップはすぐうちとけるが、バブルスは何となく気に入らない。けれどロビンが「新しいおともだちとドッジボールとかしたい!」と言った途端に目の色が変わる。
 「ウチに遊びにおいでよ! おもちゃとかたくさんあるよ!」
 PPGに案内されて、ハカセと会うロビン。
 「紹介するわ。これが私たちのパパ」
 「そうなんだよ、うっかり間違ってこの子たちを作っちゃったんだ」と言いわけするハカセ。ロビン、にっこり笑って、「大丈夫です。私も間違ってできちゃった子供ですから」
 思わず目が点になるハカセ。


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11月18日(日)
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