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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「“ブラック”ユーモア」って言葉も差別表現だってさ/LD『道場寺・火宅』/『Q.E.D. 証明終了』11巻(加藤元浩)ほか
オタアミ当日まであと5日! カウントダウン5!

 なんだかまたアクセス数が増えてるなあ、と思ったら、また勝手にリンクを貼られているのであった(^_^;)。なんかこういうパターン多いね、最近。
 もちろん、私は迷惑になんか全然感じちゃいない。読んで下さる方がいるだけで嬉しいんである。こないだは「貶した批評しかコピペされない」みたいなことを書いたのだが、今回は好きな本について書いたものが紹介されたので、正直言って嬉しい。欲を言えば、そうやって来てくれた人が掲示板に足跡残してくれないことかな。でもまあ、そういうのを強制的にお願いするのは私の好みではないので、それもまあ仕方ないかなと。
 でも、そのリンクしてくれた人のところから更に辿って、アメリカのエドワード・ゴーリーについて調べているサイトにも行けた。こういうのがネットの楽しみってもんだろう。そのサイトの紹介によれば、この人の絵本、今月また新刊が出るみたいである。こりゃ買いのがさないように気をつけとかんと♪
 ゴーリーについては、本国では何十冊も単行本が出ている人気作家だが、それでも一部の絵本は絶版状態、ましてや日本では未だに数冊の単行本しか出ていない(『ミステリマガジン』なんかには紹介されていたようである)。毒のある内容で、子供が読んだらトラウマになりそう、と以前も日記に書いたが、人間、トラウマの一つや二つあった方がいいよな。
 順調に新刊が出てるってことは売れちゃいるんだろうけど、あまり世間的な評判にはなっていないようである。こういうイイ本はメディアもどしどし紹介してほしいんだけどな。ブラックユーモアが受容されない社会ってのは、つまりは偽善が横行する社会なんだからさ。

 でも、その「ブラックユーモア」が日本的な土壌の中ではなかなか受け入れられがたかった理由も解らなくはないのである。常に共同体幻想に基づいて生活することを伝統としてきた日本のムラ社会にあっては、基本的な「シキタリ」は「偽善」をベースにせざるを得なかったからだ。いわゆる「和」の精神ってやつだね。ブラックユーモアがその「和」を解体する方向性を持つものである以上、世間知においては忌み嫌われるのも道理なんだよなあ。
 だからブラックなギャグを一つカマすにしろ、そこには手練手管が必要になる。あえて偽善の側に組するように見せかけて相手をひっくり返すなんてこともやらねばならんこともあるのだ。これってね、口で言うほど簡単なことではないのよ。
 私自身、この日記の記述は公開日記であることを考慮して、ずいぶん押さえて、毒を薄めて書いてるつもりなんだが、もしかしたら世間一般の通念ではまだまだ毒舌叩いてるように受けとられてるのかもしれない。以前、何人かの人から「キツイこと書いてる」って言われたことあるし。でも、だとしたらみなさん、よっぽど傷つかない人生を歩いてこられたのかなあ……って、これがキツいヒトコトになるのかな(^^)。でも私はたいていこういう人物批評をするときには、「かなあ」とか婉曲的な表現に留めているんであって、「傷ついた弱者のフリしてるゲス野郎」とか、そこまでは言ってないのよん(^^*)。
 それにそんな直接的な表現は、ヒネリも何もないただの事実に過ぎないんで、面白くもなんともないしね。


 下痢したときのウ○コはどうしてこんなにコゲ臭いんだと仕事。
 ……いや、AIQのエロの冒険者さんのネタをちょっとパクってしまいました(^^*)。やってみると、なかなかいいフレーズ思いつきませんね。エロさんの才能と根気に脱帽いたしますです。継続は力なり……って、括約筋に一番チカラ入ってる感じだけど。
 ああ、でもホントは仕事がムチャクチャたまっていて、ウ○コしてるヒマもないのだ。っつーか、スケジュールが押して押して。ポカやミスは続出するし、なんとかしてほしいっスよ……ってなんとかするしかないんだが。特に明後日出張せにゃならんのだが、その準備にえらく手間取ってよう。
 ここでヒトコト言いたいこともあるが、ただの事実の指摘に過ぎないんで控えておこう(^^)。

 冷蔵庫の食料も尽きてきたので、スーパーに寄って買い物。

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11月19日(月)
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