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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■凡人礼賛/DVD『エイリアン9』2巻/『魔獣狩り』(夢枕獏・木戸嘉実)ほか
オタアミ当日まであと32日! 32日しかないのだ!
長らくなくしていた家の鍵が、ようやく見つかる。
ともかく、ここしばらくもう、忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて忙しくて、アタマが回らなかったので(口だけは回ってるが)、どこにやってしまってたか思い出すこともできないでいたが、なんとか記憶を遡って、合羽のポケットの中に入っていたのを見付けたのである。
一緒に印鑑と自転車の鍵も発見。これがないとマジで大変なことになるところだった(^_^;)。
関係ないけど、今ドキの若いヒトは、「合羽」なんて言わないよね。たいていは「レインコート」。
けど、こりゃ感覚的なものなんで仕方がないのだが、どうもそんな西洋風な言い方をしなけりゃならんほどのたいそうなもんかい、という気がどうしてもしてしまうのである。
他にも私ゃ、未だに「ハンガー」なんて言わずに「えもんかけ」って言ってるもんね。元からある言葉で充分表現できるものを、奇妙なコマーシャリズムに乗っかって言い替えるこたあないと思うんである。
今週の『ジャンプ』の立ち読み、と言っても相変わらず読んでるのは『ヒカルの碁』だけ。単行本で買ってるマンガは出来るだけその時の楽しみに取ってるものでね。『ヒカ碁』だけ立ち読みしてるのは、それだけ辛抱たまらん精神状態になってるからだと思ってもらいたい。
しかし、ヒカルも連載当初に比べると、すっかりオトナな顔になった。等身もスッキリ伸びて、もうすぐ高校生、という感じがちゃんと出ている。カラダはちゃんと成長しつつあるのに、ヒカルの心はまだそれに追いついていない、というか、ヒカル自身の心も変化と成長の兆しを見せているのに、それをコントロールする術を知らずに戸惑っている、そういう表情すらヒカルは見せ始めているのだ。……小畑さんの画力の卓抜さよ(@。@;)ゞ。
話の方は、まだまだ引くのか、佐為は復活しないまま。ヒカルの葛藤、相当根が深い。
余りはっきり書いちゃうとヒカルファンには怒られるかもしれないが、このヒカルの碁の魅力の一つは、ヒカルの幼いサディズムにあったと言っていい。
「友情・努力・勝利」の三つが、ジャンプマンガのテーマだとはよく言われることだ。しかし、果たして本当にそうだっただろうか。
実のところ、この「努力」の部分は、ジャンプマンガにおいては極めてリアリティがなかったり、希薄だったりしていたのである。
『ヒカ碁』も『シャーマンキング』もそうだが、主人公が強いのは、本人の力ではなく、「なにか超自然的なモノ」の力を借りている場合が多い。あるいは「生まれながらの星の運命により」なんてパターンだ。本人が全く努力をしないわけではないが、ごく普通の人間が本当に努力してなんとかなった、なんて話は地味過ぎてジャンプのカラーにはあっていないのである。
実際、そんな「ホンモノの努力」を描いたマンガを、私はジャンプ誌上においては、古い例で申し訳ないがちばあきおの『プレイボール』ぐらいしか知らない。
ちばさんが「凡人の努力」を描いて描いて、描き続けた果てにどうなったかを考えると、結局ジャンプは「本当に努力している人」なんか必要としていなかったのではないかという気さえしてくるのだ。
『アイアンジャイアント』を例に引けば解りやすいだろうか、ジャンプマンガの魅力とは、詰まる所、「強大な力」を手に入れ、それを自分の支配化に置くことの快楽に他ならないのである。だから、サディズム。
ヒカルはさんざん佐為を利用してきた。
本当は自分よりはるかに高みにある佐為を、何の力もないヒカルが支配下においていたのだ。ヒカルは、あるいはヒカルを自分の立場に置き換えて状況を楽しんでいた読者は、右往左往させられる佐為を見て、どれだけ溜飲の下がる思いをしてきたことだろう(「かわいそう」と同情していた、という人もいるかもしれないが、同情が優越感の裏返しであることは自明である)。
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10月23日(火)
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