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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■もう6年/『背後霊24時!』3巻(がぁさん)ほか
 オタアミ当日まであと34日! 34日しかないのだ!

 風邪、最悪の状態。
 二、三日前、熱が高かったときがピークだと思ってたんだがなあ。朝目覚めたらもう、熱はないのに眩暈はするわ、吐き気はするわで、立ってられなくなっちまった。
 体が重くてたまらないので、風呂にカラダを投げこんで、おええ、げほがほ、げろげろ、ううっぷ、ぶふぁああ、げげ、ぼふぁ、ぐぅぅ、と、咳と吐瀉とをいつまでも交互に繰り返し、際限がない。
 排水溝に昨日食ったエノキダケのテンプラが消化されないまま流れて行くのを見てると、なんだか私の人生もこんなエノキみたいな人生だったよなあ(どんな人生だ)、となぜか走馬灯が目の前をよぎる。
 気がついたら熱もぶり返し。
 こんなことなら、昨日、熱冷ましの薬も貰っとくのだった。
 きついよう、苦しいよう、助けてよう。
 もちろん、しげはグーグー朝から高イビキである。


 本当は、今日は朝早くから父のマンションで母の七回忌の準備をする予定だったのだ。しかし、この体調では、到底カラダが持たない。
 仕方なく父に電話する。
 「ごめん、法事だけ出たらすぐ帰るから」
 しげは8時を過ぎてもまだ寝ている。
 せめてしげ一人だけでも父の手伝いに行ってくれりゃいいんだが、根っから鬼畜で外道なやつなので、そんなことを期待するのはムリな話だ。
 ギリギリまで横になって、薬を飲んで、タクシーを呼ぶ。
 しげを叩き起こして、5分で着替えさせる。着慣れないスーツなんぞを着て、化粧なんかしているので、しげ自身、どうも落ちつかない様子であるが、私なんか全くの普段着である。
 儀式的なことって、本気でキライなのだ。

 渋滞に引っかかることもなく、タクシーは9時45分に父のマンションに到着。
 でも、坊さんはもう来ていて読経を始めていた。
 本当は、10時からの予定だったのだ。実際、親戚でまだ来ていないものが何人かいる。けれど、父はせっかちなので、客が来るまで待つということをしないのである。……それも相当失礼だと思うんだがなあ。先日の電話でも「俺は俺のやりたいようにやる」と言ってたが、法事はそういうもんではないのではないか。まあ、周囲の雑音を気にしない親父らしくって、そういうの、イヤではないけど。
 父、おじやおばたち、姉や兄など、来ているのは十人ほど。ともかくやたらと知り合いの多かった母の葬式には、百人からの弔問客があったが、七回忌ともなれば集まってくるのは身内のものだけなので、せいぜいこの程度だろう。
 母も淋しいかもしれんが、人間なんて死ねばそれまでってことだ。

 足を悪くしている父は、一人外れて椅子に座っている。喪主が仏壇の前にいないのだから儀式的にはシマリのない話であるが、儀式なんて下らないと思ってる私には別に含むところは全くない。
 でも、よく見ると、まん前の座布団だけが主のないままポツンと空いている。
 あちゃ、あれ、私の席か(・・;)。
 おばから目線で「ど真ん中に座れ」と合図されるが、この気分が悪いってのにそんな線香の匂いがマトモに当たるような、しかもどこにも逃げることが出来ないようなところに座れるものか。
 おばの誘いを無視してワキに座る。しげは末席に座った。
 ケムリから離れていても、焼香の時にはいやでも香の側に行かねばならない。なんだかなあ、死んでも私を苦しめるかお袋。

 葬式のときに私が選んだ写真があまりいいものではなかったので、遺影の中の母はちょっと疲れたような、泣きかけてるような顔をしている。
 死ぬまで仕事のし過ぎだったからなあ。あれだけ働いてた人間がポックリ逝くなんて、当時はみんな信じられないと言っていた。
 そうだよなあ、予感してたのは私くらいのものだった。
 父にそう言っても無視されたけど、そんなこと父は記憶の彼方に消し去ってんだろうな。父はもしかしたら、未だに母の死を認めたくないのかも知れない。
 母もまた、祖母が死んだ時、「まだばあちゃんがその辺にいるような気がしてね」と言っていたが、母は祖母の遺骨も拾おうとしなかったから、そんな風に感じるのは人間のサガかもしれない。

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10月21日(日)
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