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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■いっじわっるはっ、たっのしっいなっ/『竜が滅ぶ日』(長谷川裕一)ほか
黒澤明監督の映画化されずに終わったシナリオ(って山ほどあるんだけど)、『海は見ていた』(原作は山本周五郎『つゆのひぬま』『なんの花か薫る』)、一時期は小泉尭史監督が『雨あがる』に続いて映画化するとか、黒澤久雄が監督するとかウワサが飛んでいたけれど、結局、熊井啓が、「黒澤組のスタッフ・キャストを一切使わない」「脚本を改訂しても構わない」という条件で黒澤久雄と合意したらしい。
(ニュースとしては先週記者会見があったらしいけど、知ったのが遅れたので今日の分に書く。)
確かにねえ、清水美砂、遠野凪子、永瀬正敏、吉岡秀隆ってのは従来の黒澤組から考えると「異色」には違いない。どう映画化したって、誉めるにせよ貶すにせよ、「黒澤が映画化してたら」という冠詞がつくことを考えたら、いっそのこと全くの白紙から映画化しようとした熊井監督の気持ちも分らないではないのだ。
でも熊井監督だから仕方ないと言えば仕方ないのかも知れないけど、いくらなんでもキャスティングが地味過ぎないか?
日本の役者層が薄いってことは解りはするんだけれどもね、でも、知名度云々以前に、この人たち、そんなに演技力あるのか?
清水美砂は『未来の思い出』しか記憶にないから(チョイ役で見たことならあるけど)何とも言えないが、男優陣、永瀬も吉岡もなぜこうも重宝されてるか分らないのだよなあ。永瀬はカッコつけてるだけだし、吉岡は私にゃ押井守が演技してるようにしか見えない。演技力以前に「華」がないとも言える。
「黒澤明」映画である以前に「山本周五郎」映画でもあるのだよ。そのことを考えたらこのキャストは「心の華」(今作ったコトバ)にも欠けると思うのだがどんなもんだろうか。
これで全てのキャストがそろったってわけでもなかろうから、脇役陣の発表に期待をしよう。
福岡にも、いよいよ「マツモトキヨシ」がオープンするようである。
そのCMがテレビで流れ始めているのだが、いかにも「福岡進出!」というイメージを打ち出しているのが笑える。
女の子をナンパしている若い男、「君、博多生まれだって? 訛りないね」
女の子、気取って「ずっと東京にいたから……」
「今度博多にマツモトキヨシができるって知ってる?」
「え? ちかっぱ、ビックリ!」
思わず引く男の子を見て、女の子「超ビックリ……」と言い直す。
他地方の人にはいささか解説が必要か。
「ちかっぱ」は「力一杯」の省略形。確かに「とても」「非常に」の意味を表す副詞として福岡で使われてはいるが、まあ使ってるのは10代、20代の、しかも多少ガキっぽい連中で、男の子は使っていても、女の子はあまり使わない……と思う。ちょっと前までは「バリ」を使って「バリうま=とても美味しい」とか「バリしけ=たいそう白ける」とか言ってる場合の方が多かった。
でも30代、40代は全くと言っていいほど使わないから、これは博多弁と言うよりは福岡の「若者語」と考えた方が妥当だろう。「バリ」が消えつつある今、「ちかっぱ」もどこまで生き残るものやら。
もともとの博多弁でこういう程度を表す副詞はなにかと言われると、「えらく」「えらか」が思いつく(「えらくきつか=とても苦しい」とか「えらか雨やね=ひどい雨だね」とかいった使い方)のだが、「ちかっぱ」ほどに強くはない。「ちかっぱむかつく」なんて若い人は平気で使ってるけど、私なんかは全然こんな言い方はしない、というよりはできない。だって「ムカツク」こと自体殆どないんだもの。
別にこれは私が人間がデキているわけではなくて、純粋な博多弁でいうなら、「腹かいて=怒って」終わりになっちゃうからなんだよね。
「怒り」が持続しないのである。だからとても長いこと「むかついて」なんていられない。それに、博多弁の「腹かく」は共通語の「腹が立つ」とも意味が違う。「ムカツク」や「腹が立つ」は、自分を怒らせた相手に対しても「ムカツクやつ」「腹が立つやつ」という使い方ができるが、「腹かく」は相手には使えないのだ。更に、実際の用例は「腹かいた」と殆どが過去形。
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07月29日(日)
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