ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491748hit]
■ふ、ふ、ふ、ふ○こせんせぇぇぇぇぇ!/『悪魔が来りて笛を吹く』(横溝正史・野上龍雄・影丸穣也)ほか
なんだかなあ、最近はしげと休みの時間が合わないので、映画に全然行けなくなってしまった。
今日も仕事から帰って、明日から連休でもあるし(久々に休日出勤ナシ!)、三谷幸喜の『みんなのいえ』が今日までなので、しげを誘おうかと思ったのだけれど、やっぱり仕事。
まあ、アレはDVDが出た時買えばいいや、と思い、とりあえずしげが仕事に行くまで三時間ほど間があるので、「焼肉でも食うか?」と聞くと、即座に「食う!」
……相変わらずすぐに「エサ」に釣られる。進歩のないやつだ。
麦野の「ウエスト」に行くのも久しぶり。金曜の夜はビールがジョッキで100円ということもあって、混雑が予想されたのだけれど、早い時間に辿りついたので、五分と待たずにすんだ。
しげは赤味の肉だけ食べておけば満足なので、カルビとロースの2人前を頼む。三瀬鶏とホルモンとミノの塩焼きの盛り合わせが安売りだったので、私はそちらを頼む。こっちの方は鶏以外、しげは全く食べない。偏りがあるよなあ。
しげはしょっちゅう、「赤味も食べてる?」と聞いてくるが、実は全く食べてない。焼けるたびに自分がどんどん2人前の焼肉を平らげているくせに、私にどうしてロースを食べるヒマがあろうか(いやない)。
「もうこれ以上食べきれない」と言って、しげは四、五枚、赤身肉を残してくれたが、それだけ食えば満腹にもなるってばよ(^_^;)。
店を出る時には既に玄関先は待ちの客が二、三十人の長蛇の列。タイミング的にはまあよかったというとこかな。
このあと、しげは帰宅して体重計に乗り、「ひいいいい」と悲鳴をあげることになるのだが、そのことは余りにかわいそうだから秘密にしておいてやろう。
焼肉屋の帰りに「ブックセンターホンダ」に寄って、新刊の文庫やマンガを何冊か買う。しげは仕事があるので一足先に帰宅。まあ、本屋に寄ると私は何時間タムロしてるか分らないので、これは仕方がないか。
マンガ、横溝正史原作、影丸穣也(影丸譲也)作画『悪魔が来りて笛を吹く』読む。
影丸穣也が、横溝正史ブームが起こる昭和50年代以前の昭和43年に、『少年マガジン』に『八つ墓村』を連載していたことは有名だが、同じ影丸作画でありながら続編と言うわけではない。
これは昭和54年、斎藤光正監督、西田敏行主演の映画版をコミック化したものなのである。連載は東京スポーツ(福岡だと多分西日本スポーツが系列かな)だったそうで、当時は存在自体知らなかった。従って私が読むのは今回が初見。
そういう経緯で、名探偵金田一耕助の顔が、『八つ墓村』の時の三船敏郎顔ではなく、西田敏行の模写になっている。正直な話、これは、やめてほしかった(^_^;)。
多分、影丸さん、シナリオを渡されただけで、西田敏行以外のキャスティングも知らないまま、ともかくシナリオに忠実に、ということだけを念頭にマンガ化したのではなかろうか。
なぜなら、トリックや犯人が原作と一部違っているのである。
というか、実は原作には作者自身がトリックのミスに気がつき、後で書きなおそうと思いながらどうにも修正できずにほったらかしてしまったものがあって、しかもそれは絶対に映像化が不可能なものなのである(この件については、角川文庫版での解説が詳しい)。
映画は結局、その失敗したトリックを無視して、新たな脚色を加えることで映画としての深みを増すことに成功しているが、マンガはその設定をセリフまで含めてそのまま踏襲している。
だとすれば、脚本を担当した野上龍雄の名前を載せていないのはどう考えても
おかしい。実質的な原作者は、この野上氏であるからだ。
解説の有栖川有栖、そういった経緯に一切触れず、「原作に忠実」などと嘘八百を並べ立てている。原作が長過ぎるために、後半、内容をはしょってバタバタと終わらせた前作の『八つ墓村』(何しろ辰也と典子の恋が伏線まで張っときながら描かれない)をも「傑作」と持ち上げるくらいだから、この作家の批評眼や実作の腕も底が知れるというものだ。
[5]続きを読む
07月13日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る