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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■冷蔵庫は8年で買いかえるものだそうな(電器屋談)/『ななか6/17』1巻(八神健)ほか
 さて、久々に職場でのことを書く。

 ちょっとビックリしちゃったことなのだが、今年、チームを組んでる同僚二人が、なんと私と同じ高校の出身者だということが解ったのだ。
 なんつーか、私ゃヒトの経歴とか全く気にしないタチなんでねえ、今までそんなこと気にもしてなかったんだが、私が以前お世話になった同じく同門のある人が、私のことを気にかけていろいろ喧伝してくれてたらしい。
 その同門の同僚の女性、「偶然ってあるものねえ」と仰ってたが、私の驚きは学閥だのなんだのそういう小うるさいことを全く無視しているのに、気の合う人が大抵同門だったりする、という偶然が今までの人生の中であまりに多い、ということだ。
 偶然なのか?
 それともやはりウチの高校にはある種の「校風」というか「伝統」があって、その流れの中にあって共感し合えたということなのか?
 確かに在校中、誰もが「ウチの校風は『自由』だ」と思っていた。
 かと言って校則がなかったわけでもなし、とりわけウチだけが特別だと思っていたわけでもない。
 でも確かに、オトナになってみて他の高校の状況を知るにつけても、ヨソはなんでこうしがらみが多いのか、ということには気付くようになっていったのだ。

 例えばウチの高校、教師がよく出張になると自習になってたんだよね。
 普通、他の高校は自習はさせない。必ず、誰か代理の教師が授業に来る。空き時間を作らない、というのが普通の高校のタテマエだからだ。
 でも、ウチの高校の場合、それどころの話じゃないんだよね。その自習が5、6時間目だったりすると、学校を早引け出来ていたのだ。
 なぜそんな自由が許されたのか?
 簡単である。
 自由にやらせたほうが、生徒が勝手に勉強したからだ。
 「教師に教わるより自分で勉強したほうが実力がつく」
 それがウチの高校の出身者のコモンセンスであったのだ。
 もちろんその「勉強」ってのが「学校の勉強」ってものよりも多少幅広く捉えられてた面はあるけれども(^o^)。

 その同僚の女性Kさんとの、今日の会話。
 K「(読んでた本に「紅」という字があるのを見つけて)紅、紅、紅。紅孔雀」
 私「ま〜だ見ぬ、く〜にに、住〜むとゆう〜♪」
 K「おっ、昭和30年代だね。何年生まれだっけ?」
 私「37年です。Kさんは?」
 K「……36年」
 ……サバ読んでるなあ(^_^;)。
 でも、女性に年齢を聞いても失礼にならないのもウチの校風なのである。
 しかしまさか『紅孔雀』ネタで職場で盛りあがれる日が来ようたあ、思いもしなかったぜ。

 ちなみに私の宴会芸の持ちネタの一つに、「妖婆の魔術に翻弄される浮寝丸(『紅孔雀』の登場人物の一人で元祖美形キャラ。演じるは絶頂期の東千代之介!)のマネ」というのがあるが、やってみせても何のことか解らん人が多いので、披露する機会がないのが残念である。


 仕事から帰ると、しげがえらく慌てている。
 「ど〜しよ、冷蔵庫が壊れた!」
 「はあ? なんで?」
 「なんでって、私が壊したんじゃないもん!」
 誰もそんなこと言うとらんわい。ただどういう事情なのか聞いただけなのに。
 「ねえ、直して!」
 「故障が直せるかよ、電器屋じゃないんだから」
 「じゃあどうすれば!?」
 「だから電器屋に電話しろよ!」
 どうもパニックに陥った時のしげの頭の回転は半分以下に落ちるようだ。日頃がヒトの半分くらいの回転力だから、四分の一といったところか。
 しげが電機屋に連絡している間に、冷蔵庫を確かめてみる。確かに電気が来ていない。
 コンセントを確認してみたがネズミに齧られてる様子もない。
 どこかで断線してるんなら、やはり部品を取り換えねばダメかもしれない。
 電話を終えたしげが、ますます困った顔で問い掛けてくる。
 「ど〜しよ、古い型だから部品がないかもって」
 「それなら買いかえるしかないかなあ。もう10年使ってるしなあ」
 金を使うことをとことんしぶるしげは、思いきり渋面を作っている。
 「ともかく、冷蔵庫の中身を腐る前に片付けなきゃな」

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06月22日(金)
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