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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■多分まだ20世紀は終わっていない/DVD『なぞの転校生U』
 ああしまった。今朝は体重計に乗り忘れてしまった。
 夕べはしげの働いてるリンガーハットでたらふく食ったので、かなり体重が元に戻ってるような気がする。もしかして無意識のうちに体重計に乗るのをからだが拒否したのかも。
 でもちゃんとメシ食ってるのに、今日も体調は優れず。
 午前中は雨模様で気分も優れず。

 職場で休み時間に同僚と昔話に花が咲く。
 「東京オリンピック、覚えてます?」といきなり振られたときにゃ苦笑した。覚えてたらすごいよ、私ゃ1歳だったんだから。
 外見が老けてるんでもっと年上だと思われてたんだなあ。まあいつものことなんで今更驚かないけど。
 でも歳のワリにはアタマに相当白髪が混じってきてるのはちょっと寂しいかな。親父が今の私と同い年のころにはこんなに老けてなかったし。]
 「今の若い子って、ホントに昔のことに興味持たないのね。私たちなんか、生まれる前のことでもいつの間にか知ってるのに」
 その同僚、カステラ食べる時によく「帝銀事件」を思い浮かべるそうである。

 大坂万博。
 吉展ちゃん事件。
 安保闘争。
 よど号ハイジャック。
 あさま山荘事件。
 そういった70年代のキーワードとなる事件の数々が、やはり自分の心を形成してきたのだということに改めて気づく。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』では、負のベクトルたるそれらの事件(万博を除く)が直接語られることはなかったが、ケンとチャコの行動のウラには明らかに潜在していた。

 今だから笑って語れる話であるが、私も小学校の頃、学校に立てこもった経験があるのである。
 理由は当然他愛無い。
 いじめっ子に水を引っ掛けられ、そのまま授業にも出られず、階段の踊場に机でバリケードを作って、授業をボイコットし、担任教師に「水を引っ掛けたあいつに仕返しさせろ!」と要求したのだ。
 完璧にあさま山荘事件の模倣であるが、今の若い人にはなんでそんなややこしいことをしたのか理解不能であろう。
 「立てこもり」とか「持久戦」とかいう言葉が、ただの感情の発露に過ぎない行動に、なにかしら大層でご立派なことをやってるような気分を与えていたのだった。
 時代だったんだねえ。
 そのときの顛末も今思うと笑うしかない。
 教師の取った対応もまたあさま山荘と全く同じだったからだ。
 私の説得が不可能と判断した担任は、私の親に連絡して私を迎えに来させた。現実のあさま山荘の犯人たちで、親の説得に応じようとした者は他の仲間から「総括」されてしまっていたが、単独犯であった私は、簡単に投降した。
 もちろん、泣きながらである。
 親は私を叱らなかった。
 子供のころから親に叱られなかった日は一日たりとてなかったのに、この「立てこもり」事件の時には親は全く私を叱ろうとしなかったのだ。
 代わりに親は何と言ったか。
 「教師が生徒一人一人のことを見てくれるなんて思うな」
 小学生ではあったが、自分が政治犯の模倣を行っているのだ、という自覚が私にはあった。たかが子供のケンカを、いかにも政治的なもののように見せかけねばならなかったのは、はっきり言って担任がクラス内でのイジメを放置していたからである。
 イジメにあっていたのは私だけではなかったのに、生徒の誰一人としてそれを担任に抗議しようとはしていなかった。しても担任が対処しないことは目に見えていたからだ。
 私が泣いたのは、私の抗議がそのいじめっ子だけでなく、教師にも向けられていたことを、当の担任が全く無視したためだった。
 担任はそのとき自分の監督不行届きを謝るどころか、私の面前で親に向かって「この子、病院に連れて行きませんか?」と言ってのけたのだ。
 親が激怒したのは、言うまでもない。

 今も昔も、生徒と本気で向き合おうとしている教師なんてただの一人もいない。それは断言できる事実である。


 帰宅して二時間ほど寝る。
 最近は仕事から帰るなり、疲れて一度寝て、それから起きてまた夜寝るという生活が続いている。

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05月31日(木)
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