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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■英雄、果つる島/映画『アヴァロン』ほか
 夕べが遅かったので、今朝は起きられるかと心配だったが、何とか7時には起床。外はやや小雨がぱらつく程度だったので、えい、ままよと傘を持たずに出る。
 行きはよいよい帰りは怖い、帰りはだだ降り、ずぶ濡れになる。
 こういう時、死んだお袋は大抵、「濡れて帰りたかったんだろう」と言って、やや蔑むような視線を私に向けたものだった。まあ、たまにカッコつけて「哀愁漂うロンリーガイ」を演じたい時があったのは事実である。でも中年になっちまった今はただの面倒臭がりにすぎない。
 それにしても女はなぜこうも簡単に男の「ええカッコしい」を見抜いてしまうものなのか。……似合ってないからだって? ハイ、そうですね、ごめんなさい。いや、それより、そういう男を責める時の女に、大抵、「容赦」というものがないのはなぜなのか。
 例えば、私がアニメキャラのセリフを口にしたときの女房の嫌悪感と来たら、なぜそこまで激烈に怒るかと言いたくなるほどに憎々しい。
 「粋にやろうぜ、粋によ」
 「粋でもないやつが粋なフリすんな」
……そりゃそうだけどよ(-_-メ)。男を立てようという意識がマジでゼロだな。
 だから、私は女房との間に「甘いムード」一つ作ろうとしないのだが、もちろん女房はそれで納得してくれるのだろう。

 昨日の日記をつけ、風呂に入って、雑誌『不滅の名探偵』読む。手塚治虫の旧作ミステリマンガが二本収録されているが取るに足らぬ出来。
 なぜこんなもんいきなり買ったかと言うと、高野文子のイラストエッセイが載っていたからだ。主婦業に忙しいのか、高野文子のマンガは北村薫作品のイラストでしか見られなくなっていたので、これだけでもこの雑誌、買った価値はあった。しかし主役の双子、高嶋兄弟をモデルにしていたとは……(・・;)。
 広告で『博多殺人事件』を秋乃茉莉さんがマンガ化していることを知る。ああ、どうせ内田康夫だし、と思いつつもこれは買うべきか買わざるべきか……(+_+)。

 夕方から待ち合わせて映画に行くつもりなので、昼飯はピザクックからドリアとウィングガーリックと骨付きフランクを注文。でも睡眠が足りないのか、食欲がなく、ドリアをまるまる残す。「頼んだものは残さない」私にしては珍しいことであった。

 AIQのロデムさんから展示会のお知らせが来ているが、期日が明日。本番直前でそりゃ無理だわ(+_+)。行けずにどうもすみません。

 夕方6時半にパピオで女房たちと合流。鴉丸嬢、桜雅嬢のほかに、昼過ぎまで塩浦嬢もいたそうだが、バイトに行ったとかで会えず。土産(何の土産か聞き忘れた)のクッキーとやらが残されていたので、一つ貰う。余りこの手のお菓子を食べる機会はないが(というか、医者から止められてるんだが)、つい出されたものに手が伸びるのは仕方がないと漱石も言ってるので私ごときの克己心が萎えるのも無理のないことであろう。
 よしひと嬢、なぜか一心に『ウォーリーを探せ!』にハマっている。何でも最後の演出で、絵本を使うことにしたとか。詳細は聞いていないが、脚本段階でそのような描写はなかったはずだから、何かまた問題が生じた上での改変だろうと推察する。

 女房、よしひと嬢の話によれば、今日はその改変も含めて、練習が驚くほどスムーズに進んだとか。
 「足引っ張るやつがいないと楽なのかな?」と皮肉を言ってみたが、
 「別にそう言うことではないです」と反応。
 まあ、ギリギリの線で見捨てられてはいないようだが、「彼」についてやる気がない、何も考えていないと認識されている点は変わらないようだ。
 ナルシストだの自己愛人間だのと言われる人々が現代社会で排除されがちな点については実のところ同情している。誰にでもそのような傾向があるにもかかわらず、社会においてはそれを抑圧せざるを得ず、逆にそれを全開させているような人間は「やっかみ」の対象となるからだ。
 つまり我々は鏡のように「彼」の中に「自分」を見ているにほかならない。この世界から逃げ出したい。本当の自分はここにはない。どこかに、自分が自分として認められる世界がある。我々は常にそんな風に思い、自分を慰めている。……しかし、それも結局は「他者」の評価を求めている行為に過ぎない。

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01月20日(土)
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