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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■いじめを楽しむ人々/映画『アジアンタムブルー』
なんたって、隆二は、ガンに侵された葉子と最後の思い出を作るために、彼女がポスターで見たことがあっただけのニースに行っちゃうんだから! 退職金はたいて! で、そこでお姫様抱っこなんかしちゃうんだから!
彼女は彼女で、「私が死んでも、次のひとに私にしてくれたみたいに優しくしてあげてね」なんて言っちゃうんだから!
ちょっと想像してほしいんだけれど、これが阿部寛と松下奈緒じゃなくて、角野卓三と泉ピン子のカップルで、「死ぬ前に別府温泉に行きたいわ」とピン子が言ってたとしたら、ドラマになるか?(別の意味で面白いドラマにはなろうが)
私も仮に女房から「死ぬ前にエーゲ海が見たいわ」とか言われたら実際に連れて行くかもしれないが、世界で一番エーゲ海が似合わないカップルがそこに現れることは論を俟たないであろうと思う。
キャスティングの時点で、従来の甘口“純愛難病モノ”と何の差別化も図れないと分かりそうなものだろうけれど、宣伝マンもつらいとこなんだろうねえ、売りのない映画をアピールするのは。
そもそも、「アジアンタム」という「味付け」自体が甘いと言うか、死を何かに例える作業自体が浪漫主義以外のナニモノてもないというのがフツーの感覚だと思うんだけれども、これまでに『セカチュー』だの『1リットルの涙』だの『タイヨウのうた』だの、余りにも砂糖とシロップ漬けの映画ばかり見せられてきているから、この程度でも辛口に見えてしまう人もいるのかもしれない。
ドラマ自体はまあちょっと、涙を流すには困ったもんだって部分が多々あるんだけれども、カメラマンという設定の葉子が撮った写真、これがみな素晴らしかった。
水溜りをモチーフにした写真の数々、実際に撮影したのは矢部志保さんという方のようだが、いったん、水面に反射して揺らぎを持った映像の数々は、さながら万華鏡にも似て、現実の多様さ、美しさと醜さ、静謐さと躍動、条理と不条理の両面を映し出しているように見える。
これを劇中で、「どうして水溜りの写真ばかり撮るのか」と隆二に問われて、葉子が「水を通して見た方がきれいでしょ」と短絡的に「説明」してしまうのは、まるで興醒めである。
ここは「分からない」と言わせた方がまだマシだ。あるいは「どう見えますか?」と再度、聞き返させるとか。
監督も脚本家もテレビ畑の人だけれども、こう言っちゃ偏見かもしれないが、やっぱり映画のセリフが分かってなくて、賭けない人たちなんだよね。
舞台挨拶では、阿部さんは、久しぶりの普通の恋愛もので、今を逃したらチャンスはないかもと乗り気だったことを明かしていた。
何だ、役者さんの方はちゃんと普通の恋愛ものって認識でいたんじゃん。
撮影現場での阿部さんは、日頃は無口なのだそうだけれど、ニースは本当に静かで美しい街で、オフの時も楽しく会話をしていたそうだ。
夜の10時くらいになると、本当に真っ暗になるので、一人で街中を散歩したそうである。夜の散歩はいいよねえ。
ともかく、阿部さんの心の底から楽しそうなムードが観客席にも伝わってくる。
阿部さん、身長189センチに対して、松下さんは174センチ。これだけ背の高い女優さんと組んだことも初めてだそうで、そのことも嬉しかったようだ。
他愛無いことばかりで楽しくなるようで、阿部さん、声は低くて渋いけれども、案外、「かわいい」人なんだなあと微笑ましく感じた。
次は『トリック3』(作られるのか?)の時にまた、来福してもらいたいものである。
11月25日(土)
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