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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■オタク道に女は要らない/『花も嵐も 女優・田中絹代の生涯』(古川薫)
 田中絹代は日本発のトーキー『マダムと女房』に主演し、その「鼻にかかった甘ったるい声」で観客を魅了した。初代『伊豆の踊子』女優として、「純情可憐な初々しさ愛らしさ」を観客の目に焼き付けた。そして『愛染かつら』の高石かつ枝として、「空前のヒット」を飛ばした(既にキャリアのある「田中絹代」という名前を捨てて「高石かつ枝」と改名させようとする動きすら生まれたほどである)。
 それが、戦後、外遊して帰国、ファンに投げキッスを送っただけで「アメション女優」と呼ばれ、人気は地に落ちた。以後、田中絹代は復活を目指し、溝口健二監督とのコンビで『西鶴一代女』『雨月物語』『山椒大夫』など世界の映画賞を総ナメにする傑作郡で名女優としての名声を確立するが、かつて「高石かつ枝」であったころに得ていた大衆的な人気を勝ち得ることは二度となかった。
 その時の状況を古川氏はこう記している。
「被占領国の日本には、絨毯爆撃で家を焼き、非戦闘員を殺し、あげく広島・長崎に原爆を落としたアメリカに対する面従腹背の隠然たる空気が充満している。(中略)しかし、たかがサングラス、たかが投げキッスをとらえて、報道機関がこれほどの憎悪を一人の同胞に向けるというのは、何とも歪な現象である。ジャーナリズムの論調に煽動されて、世間一般も絹代に軽蔑の目を向け、引き潮のようにファンは離れていった」
しかし、その「ファン」とて、その後、生活から思想に至るまで急速にアメリカナイズされていくのだから、田中絹代への憎悪は即ちアメリカさんの前に卑屈にひれ伏すしかなかった自分自身に対する憎しみの反作用であったとしか考えようがない。卑劣だったのは日本国民のほうだったのである。
 田中絹代の最後の輝きとも言える『サンダカン八番娼館 望郷』。これは確かに素晴らしい映画で、元「からゆきさん」を演じた田中絹代の演技はまさに「入魂」の一言がふさわしい。老いてなおあれほどに強烈な生の輝きを宿した目を、私は他の映画俳優に感じたことがない。若い人に「田中絹代のすごさ」を感じてもらうとすれば、この最晩年の傑作を見せることが理解は早いとは思う。しかしそれでも「田中絹代の時代」を感じることは決してできない。今見れば退屈ですらある『愛染かつら』、そこに「時代」を感じることができなければ、映画を本当に「見た」ことにはならないのである。
 古川氏は、田中絹代の魅力を語るときに必ずと言っていいほど「美人ではないが」と注釈をつける人々に対する反発もまた、本書を執筆する動機になったという。確かに言われてみればそういう形容を付ける評論家・解説者は結構いたようだが、私は田中絹代が美人ではないなどと思ったことは一度もなかった。美は主観的なものだし個人差はあると思うが、それにしても田中絹代を「不美人」と判断するのなら、日本人女性で美人と言える女性は皆無に等しくなってしまうだろう。人気絶頂を極めた田中絹代に対する、これは過剰なまでのライバルたちやマスコミのやっかみであったと思う。
 うつろいやすい大衆ではあるが、彼女の「美しさ」にだけは、決して背を向けはしなかったと思う。


 中田雅喜・円尾敏郎編・天都カネ子監修『日本個性派俳優列伝W テレビが生んだ悪役スタア 天津敏』(ワイズ出版)、ようやく届く。
 一ページめくって読んでいくのがもったいないくらいで、なかなか先に読み進めないが(つか、読みながら泣いてるし)、天津さんについてはそのうち、思いっきり書いてみたい。いや、もうどこまで書いたらいいか自分でも見当が付かないもんで。

08月03日(水)
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