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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■メイキング・オブ・SF・レビュー/『川原泉の本棚』(川原泉・選)/映画『宇宙大戦争』『地球防衛軍』
『小函』は、見知らぬ外国人に拉致された元海軍技術パイロット・白嶺恭二が、ユダヤ人の科学者・アイゼンドルフ博士の手によって秘密裏に建造された宇宙艇に乗り、宇宙探索の旅に出る物語である。……って、まんま『スター・トレック』じゃん。いや、もちろん更に元ネタになってるのが、ヴァン・ヴォクト『宇宙船ビーグル号』であることは間違いないのだが、恐らく日本において、この「宇宙探索」という科学的意識で書かれた小説は、本作が最初期のものではなかろうか。でもこれ、続編の構想があったせいか、尻切れトンボで終わってんだよな。どうも地球を狙ってる遊星人か火星人がいるらしいってところでチョンなもんだから、隔靴掻痒って印象はどうしてもしちゃうのよ。
『宇宙の警鐘』では、地球に氷河期が訪れ、大洪水でアメリカも日本も氷の海の底に沈んでいく。人類を救うための「アルファ工事」計画を立案・実行に移したのが、これまたアイゼンドルフ博士であった。
作者は訴える。
「二十世紀の後半に地球狭しと発展した動物よ、汝の名を人間という。(中略)汝は宇宙の寵児ではない。己を省みて己の無知無能を知れ!」
いささかストレート過ぎる主張であるし、こういう激昂ぶりを見ていると、なんだか藤子・F・不二雄の「ウルトラ・スーパー・デラックスマン」的な人であったのではないか、という気もしてくる。なんたって、どうして一連のSF作品を書いていったのか、その理由を氏は、エッセイの中で、戦後の人心の荒廃が見るに堪えなかったから、と漏らしているのである。
映画も含めて丘美作品に共通している思想は、「地球の危機」が単なる偶然や運命とか、そういうものではなく、人間の「奢り」に対する「警鐘」、あるいはもっとハッキリと「天罰」的なものとして認識されているということだ。
だから、人間が自らの文明を盲信し、かえって地球を滅亡に陥れるような愚を犯そうとするなら、何度でも宇宙人や宇宙怪獣は攻めて来るし、妖星は降ってくるし、天変地異は起きるのである。ミステリアンの次にナタール人が来ちゃうのはそのためね。
……東宝特撮映画が、『ゴジラの逆襲』で憤慨して原作者を降りちゃった香山滋の次に、丘美丈二郎に原作の白羽の矢を立てたのって、分る気がするなあ。なんぼでも同じもの書いてくれるもの。
あ、エラそうにいろいろ書いてるけど、丘美作品で私が読んでるの、『鉛の小函』だけですんで。あとの内容は栗本薫の『丘美丈二郎論』を参考にしました。読もうったって、単行本になってるの数編しかないし。『宝石』のバックナンバー探すしか手がないんですよ。
02月19日(水)
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