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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」九日目/続・発表会本番! LOVE IS FOREVER(笑)
『ALWAYS 三丁目の夕日』のような、つまりはこれも一つのノスタルジーではあるのだが、あの映画のような物理的なアイテムに頼るのではなく、今回、森田さんが再現を試みたのは、ほぼ失われつつある「博多弁」の数々だった。
「しろしかばい」
「ちゃっちゃくちゃらやな」
「どんこんならん」
「ひっちゃんがっちゃんなってからくさ」
「ふうたんぬるか」
「どこさんでんそうつきなさんな」
「とっとうとね」
「ああもう、ぐらぐらこいた」
「いっちょんすかん」
「なんばしとらすとな」
「すうすうするやん、戸ばせかんね」
「しぇからしかったい」……。
「むかつく」「〜なくねー」「〜だし」文化に一掃されつつある、これら博多弁文化、我々の世代まではごく当たり前の日常語だったものを見つめ直すこと。これが今回のワークショップのテーマになっていた。
博多ネイティブである私も、博多弁を使えない若い人たちばかりの中では、言葉に思いを込められようもない。高校時代に気づいたことだったが、既に私の同世代の人間ですら、博多弁はろくろく使えなくなっていたのだ。
そのころから私は、自分の中から極端な博多弁を封印するようになった。
今に至るまで、私が一番熱心に会話した相手は母に如くものがないが、それは別に私がマザコンだからということではなく、博多弁を喋れる身近な人間が、他にいなかったからだ。
この九日間は、私にとってはそのことを再発見する旅であったと思う。
次は、おそらく五月。
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【ここから18日(土)の日記】
昨日の2次会のあとも、路上で長いことみなさんとお喋りをし、さらにはしげ。とHくんと、深夜の散歩(天神から家まで1時間半かけて歩いて帰っただけだが)までしてしまったので、今日はもう一日ぐったり。
朝方、父を車で迎えに行って、昨日の感想を聞いてみた。
「作品の批評はせん」と父は言った。
身内の出る芝居だから、誉めても貶してもよくない、と考えたのかもしれないが、夫婦喧嘩の話ばかりだから、多少、身につまされたのかもしれない。
「ばってん、イッセーさんに森田さんが、素人を集めて何をしたいのかがよう分からんやったな。別に跡継ぎを育てたいわけじゃなかごたるしなあ」
そのよくワケの分からない雰囲気が、私たちの足を何度もワークショップに向けさせている理由の大きなものなのだろうかと考える。
ほぼ徹夜であったので、それから夕方までは夫婦揃って爆睡。
夕方、出かける用事もあったのだが、どうやら向こうで勝手にキャンセルされたらしい。
メールを送ってもウンともスンとも返事がないのである。
礼儀の通し方を知らないなと思うが、腹が立つほどの元気もない。
しげは、12時間寝て、ちょっと起きて、また寝た。
さすがに今日だけは「起きてちゃんと家事をせんか」とは言えなかった。
夜になって、「ウエスト」でうどんを食う。
ようやく食事が喉に通るようになって来た。
イッセーさんのブログに、コメントを書いた。どうしても「上ずった」表現になってしまうのだが、どうにも興奮を抑えきれないのである。
ワークショップの間、日記を復活させたが、もちろん今後も続けるつもりである。
やっぱり、一番書き応えがあるのは、いくら時間はかかっても、こちらの日記の方なのである。
11月18日(土)
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