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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■2005年度キネマ旬報ベストテン/ドラマ『Ns’あおい』第一回/『アンフェア』第一回
確かに、世の中には「こんな人間、本当にいるのか」と驚くくらい、ステロタイプでカリカチュアのような人間が存在していることも知っている。もしかしたら本当の医療現場も、ステロタイプな人間ばかりなのかもしれない。けれども、物語を面白くするためには、やはり「作りすぎ」感を読者に感じさせないようにする工夫というものが必要になるのではないだろうか。
で、今回、このマンガがドラマになるに当たって、キャラクターが肉体を持つことによって、マンガにあった「ウソっぽさ」が、多少は軽減されるかなあ、と、ちょっと期待したのである。……いやね、ここ二十年くらいのテレビドラマの惨状を見てればさ、そんな期待はするもんじゃないなんてことは分かっちゃいるんでね、あくまで「ちょっと」なわけで、過大な期待はしてないの。
実のところ、主役の「熱血看護師」なんてのは若い女優なら誰がやっても「同じように見えてしまう」役なので、決して下手ではない石原さとみにとっては、かえって損だろうと思う。確かに元気にソツなくこなしてはいるが、そこにあるのはやはり「キャラクター」であって生身の「人間」ではないのだ。もっと苛烈な表現をすれば、ドラマの「美空あおい」はただの「萌えキャラ」でしかない。
オタクがアイドルに「萌えー」なんて言ってるのは、「生身の人間すら、架空のステロタイプなキャラクターに仮託して見ている」ということなので、登場人物の人間的な魅力に惹かれているわけではない(そんなことはないと反論するオタクもいるだろうが、例えば人間を「ツンデレ」なんてパターンでしか認識しない単純な見方のどこがどう「人間を見ている」と言えるだろうか)。
これがアニメであったなら、あおいが「萌えキャラ」なのは仕方がないかなとも思えるのだが(原作の絵柄はイマイチ・イマニ・イマサンくらいなので、自分の好きなキャラデザインでアニメ化されたら、と想像してみてください。なんたって「ナースもの」ですから萌えるでしょう)、実写化しても「萌えキャラ」のままなら、実写化する意味なんてないじゃないか、と思うのである。石原さとみファンなら満足するんだろうが、普通にドラマを楽しもうという人間にしてみれば、「このマンガみたいなウソ臭いキャラと展開はナニ?」ということになってしまうのである。ここでは「カリカチュア」という、本来マンガの有力な「武器」となる手法が、逆にマイナスに働いてしまった悪例だと言えるだろう。
それでも石原さとみはまだいい方で、最悪なのは田所内科主任役の西村雅彦である。あんな演技のシロウトをこういう重要な「悪役」につけるものじゃない。出て来た途端に「こいつは表の面ぁ作ってるだけのキツネ野郎だ」と丸分かりの臭い演技をするから、ドラマが胡散臭くなるのだ。これでは最初、田所をいい医者だと錯覚するあおいが「ただの馬鹿」にしか見えないではないか。これを往年の『白い巨塔』の田宮二郎が演じていたら善玉とも悪玉とも付かぬ名演を見せてくれていたのではないか、あるいはもともと「善玉」の田村高広か山本学が演じていたらあおいが騙されるのも無理はないと納得させられるのではないか、などと他のキャストで考えてみたら、この西村雅彦のミスキャストの酷さが少しはご理解いただけるだろうか(譬えが古くてすみません)。
私はつくづく思うが、西村雅彦という人は、演じられる役が極めて狭く、「威厳」というものを絶対に持てない人である(つまりは今泉慎太郎の延長線上にある役しか演じられない)、それなのに「ヘンな役がやれたものだから演技力があると間違って認識されてしまい、それなりに売れてしまった」のだと思う。今回のドラマで言えば、本当は研修医で歯科医役の八嶋智人あたりの「トラブルにオタオタする」ような役柄がお似合いなのである。
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01月10日(火)
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