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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■再度、学校という腐れた体質について/『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』(武居俊樹)
 ところが、それらの出来事を記す武居さんの筆致は、扇情的な暴露にも告発にもならず、またお涙頂戴の感動ドラマにもならない。そこにあるのは、まさに一つの「歴史」だ。司馬遼太郎の歴史小説である。これはとても恐ろしいことだと思う。しかし同時に、人間を描くとはまさにこういうことかとも思う。
 作品作りのみならず、赤塚さんの私生活にも「密着」していた武居さんだからこそ書けたことだとは言え、この冷徹さは残酷に過ぎるほどに見える。しかし恐らく、武居さんのその残酷さも、赤塚さんとの二人三脚の中で培われてきたものなのだ。

 赤塚さんが脳内出血で倒れ、昏睡状態となったのが平成十四年の四月。今もまだ赤塚さんは七十歳の誕生日を目前にして眠り続けている。
 武居さんは今年刊行された赤塚不二夫傑作選の『レッツラゴン』の巻末ではその事実をぼかして書いているが、本書は評伝としての意味合いがあるので、あえてその事実を書いている。
 もう赤塚さんの新作を読むことはかなわない。
 その残酷な事実を書いてなお、武居さんはこう書いた。
 「僕が赤塚のことを言うなら、こうかな、と思う。
 『女好き、大酒を飲む子供、小心者、歩く幼稚園、泣き虫、マザコン、人情家、天才漫画家』
 そして最後は『不死鳥』と結ぼう。
 不死鳥だったら、立ち上がって、四文字言葉を叫んでみろよ!!」
 だからこの評伝は、愛の物語なのだ。
 胃の腑をえぐるほどの罵倒語で綴られた愛の物語なのだ。
 読むべし。

 本名・赤塚藤雄、昭和十年九月十四日、満洲熱河省生まれ。
 私の父はその八日後に生まれている。母は同じく外地である台湾・台北にいた。トキワ荘の仲間たちがみなそうであるように、赤塚さんは私の両親と同時代人だ。個性的でバラバラに見える彼らに共通するキーワードはやはり「戦争」だろう。
 しかし、手塚治虫も、石森章太郎も、藤子不二雄もみな「戦争」あるいは「反戦」マンガを描いていたのに、赤塚さんは殆どそんなマンガを描こうとしなかった。もちろん、そんな必要はなかったのである。赤塚さんのアナーキーでナンセンスなマンガの全てが、戦争を含む人間の下らん生き様を笑い飛ばしていたのだから。 

08月24日(水)
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