ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491661hit]

■幻想の絆/DVD『盲獣VS一寸法師』
 明徳義塾がかわいそうだ、俺らだけ大会に出られるなんて申し訳ない、正直にタバコ吸ってたこと告白して辞退しよう、なんて学校はついぞ出てこない。みんな、内心では「オレたちはバレなくてよかったよな」とか「あいつら正直に上に報告したりしてバカじゃないか?」と思っているのだ。そんなことはないなどという反論は根拠を持たない。実際に明徳義塾が、匿名投書がなければ堂々と不祥事を隠したまま出場しようとしていたではないか。
 高校生にアンケートを取れば、四割強が「喫煙の経験がある」と答える。たとえ匿名アンケートでも真実は答えたくない、と思うやつもいるだろうから、実際には高校生の喫煙経験者は五割を越えるだろう。で、野球部員が全員「吸ってない半分の方」にいるなどという判断するやつがいたらそいつは相当にオメデタイやつだ。この場合、「どの学校でも野球部員の半分は喫煙経験がある」と判断する方が妥当である。で、そいつらはみんな「黙ってればわかんねえよ」と陰で笑っているような根性曲がりなのである。高校球児の殆どはそんな腐れたやつらばかりだ(まあ、高校生の大半が腐れていると言うべきではあるが)。
 マトモな神経があれば、もう長いことその腐敗が指摘され続けている高校野球になんか興味が持てるわけがない。青春の汗と涙も、根性と努力と友情も、みんな嘘っぱちだ。なのに未だに興味津々なオトナは、やはりどこかイカレていると判断するしかないのではないか。野球トバクに関わってるか、単に地元の高校が勝つことだけにしか興味がないか、でなければ高校時代に運良く野球部員の知り合いがいなくて未だに幻想を信じていられる幸せなドリーマーだけだろう。
 

 注文していたDVD『盲獣VS一寸法師』が届く。
 注文したときには石井輝男監督が亡くなられるとは少しも考えていなかったので、手に取ってみるのもそぞろ寂しい。パッケージはチラシと同じ竹中英太郎画伯の『盲獣』と『一寸法師』の挿画だ。竹中画伯の絵こそが乱歩の幻魔怪奇の世界を的確に描出し得たことを、石井監督はちゃんとご存知であった。旧仮名遣いで書かれた惹句も素敵である。

 「お気味がわるいでせうか
  何も見えない盲の目で、
  あなたをずっと
  見つめておりました。
  光とどかぬ
  アトリエには、
  三つの顔と、
  四本の手、
  三本足の裸美人、
  さあ、
  闇と握手を
  いたしませう。」

 ああ、詩だなあ。こういう文章が書けてこそ、「作家」だと威張って言えるんだと思う。
 今でも劇場で『盲獣VS一寸法師』を見たときのことを思い出すが、見終わったあと、若いカップルが「思ったほどヘンじゃなかった」とか拍子抜けしたような発言をしていた。彼らは『恐怖奇形人間』の「オカアサン!」(乱歩よりもこれは夢野久作だが)くらい意表を突いた展開を期待していたのだろう。しかし、石井監督が目指していたのは、あくまで「乱歩世界の映像化」である。トンデモ映画を作ることではない(『奇形人間』だとてトンデモ映画ではない)。
 DVDのメイキングを見ると、このころの石井監督はすこぶる元気で、八十に垂んとして全くボケを感じさせない。以前も書いたことだが、物語の破綻は乱歩の原作にそもそも存在するもので、それをあえて破綻のまま、いや、破綻を拡大する形で2作を合体増幅する形で混迷の世界を描いたのは、石井監督が確信的に行ったことなのである。
 超低予算ゆえにセットすら作れず、そこに造形の原口智生氏が手弁当で助っ人として参加し、ようやく撮影できたシーンもある。小林紋三役のリリー・フランキーさんは役者でもないのに石井監督に請われて主演した。ほかの監督だったら、リリーさんはきっと断っていただろう。集結するキャスト、スタッフの名前を見ているだけでも、監督がどれだけ愛されていたかがよく分かる。

[5]続きを読む

08月18日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る