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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■14万ヒット御礼/DVD『英国戀物語 エマ』1、2巻
ディテールに腑に落ちない部分はあっても、「靖国の存在が外圧に左右されてどうにかされてよいことではない」という基本的な主張は全面的に正しい。一時期に比べればアチラさんのデモもだいぶ沈下しているが、これはやはり国際的な批判を浴びたおかげだから、外圧に弱いのはアチラさんも同じなのである。受けに回った方が立場が弱くなるのは当然だから、小林さんの責めの姿勢はやはり貴重だと思う。
まあ、批判したい人はもちろんして構わないんだけど、「コヴァ」なんて斜に構えたモノイイで論争を最初から回避するような態度はやめといてほしいんだけどねえ。
DVD『英国戀物語 エマ』1、2巻。
初回生産限定豪華コレクターパッケージ仕様ってやつで、黒っぽいカバー(色弱なんで色は分からん)に、英語で「Victorian Romance Emma」って華麗に書かれてるのがすげえ素敵。って、パッケージに惹かれてうっかり買っちゃったみたいだが、もちろん中身のアニメも傑作である。
いつの間にやら「メイド萌え」モノがアニメ界を席巻するようになって久しいが、私は多感な学生のころですら特にアンナミラーズにもハマらなかった朴念仁であるので、メイドコスとかにはまるで興味がない。アニメ見ててもフリフリ作画するの大変だろうなあとか、そんなことしか思わない(『ぷぎゅる』とかはその心配いらないから楽だな。ってあれもメイドアニメって言っていいのか)。
ところがもうファンには一切説明は要るまいが、これはメイドさんに「ご主人様、何でもお言いつけを♪」とこぼれそうな微笑みでかしずいてもらってる主人公に感情移入してムネがドッキンドッキンバックバックしちゃうような妄想逞しいオタクのためのメイドアニメなどではないのである。もちろんそういう観点で見ることだって不可能ではないのだが、それ以前にこれはもうイギリス・ビクトリア朝・ロンドンを舞台にした世紀の大ロマンであり、近代小説が「恋愛」という、ドラマを構築するための重要な要素を獲得したのが、まさにこのビクトリア朝の身分社会を活写することから始まっていることを確認させてくれる画期的な物語であるのだ。
浅薄な知識なのでいろいろ突っ込まれたい方はおありだろうが、『チャタレイ夫人の恋人』を生み出した土壌もここにあり、全てのハーレクイン・ロマンスの、メアリー・ウェストマコット(正体はあの人ですね)の諸作のルーツもこの時代に求めることができるという理解はそれほど外れてはいないと思う。
私が原作マンガの『エマ』を見て、今更ながら、ああ、と嘆息したのは、小説以上に広範な守備範囲を誇り、古代ギリシャから近代ヨーロッパ、アメリカ西部劇の時代まで、ありとあらゆる時代、国を舞台に物語を展開させてきた日本のマンガシーンが、この「ビクトリア朝ロンドン」に関しては、ほとんどそのマンガ化と言えば「シャーロック・ホームズ」以外に見るべきものを生み出してこなかったよなあ、という事実である。
この時代、風俗、これを活写するためには、単に人物のキャラクターが描けていればそれでいいという訳ではない。人々を取り巻くその風景、リージェント・ストリート、コベント・ガーデン、ハイドパーク、ピカデリー・サーカス、タワーブリッジ、ロンドン塔、セントポール大聖堂……。まあ、絵に描くのは大変だってのは分かるけれども、これらが人々の精神世界を象徴する風景としてきちんと描かれ、「機能」していてこそ、近代小説の祖としての恋愛ロマンを現代のマンガとして再生することができるのである。
ビクトリア朝の美術については、宮崎駿の(美術の山本二三の)アニメ『名探偵ホームズ』の細かいレンガの描き込みを見たときにも舌を巻いたものだったが、原作の森薫の背景描写へのこだわりにはそれ以上の熱情がある。それをアニメはさらにグレードアップ、原作にないディテールに至るまで設定し、動かし、匂うような空気まで感じさせてくれるほどに描き出してくれた。本作の美術を担当した櫻井純子・矢野祐子両氏の仕事はまさしく「入魂」の一語に尽きる。
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08月10日(水)
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