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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「子供のために」と言ってる大人にろくなやつはいない/映画『ハービー 機械じかけのキューピッド』
 物語は定番だが、伏線の張り方と始末の付け方の上手さ、テンポのよい展開、勝利敗退再勝利のドラマと、映画作りの基本を忠実に守って、退屈はさせない。ディズニーは「アニメはダメだが実写はいい」という持論をまたしても確認することになった。ネットの批評を見てると「子供向けじゃないか」というトンチンカンな批評があったが、だから最初からファミリー映画だと分かってるものに文句を付けるのは八百屋で肉を注文するようなものなので、お門違いなのである。なんかこの手の批評とも言えない低レベルな感想が蔓延しているのを見てると、ホントに日本じゃ教育は機能してないんだなあと情けなくなる。
 一番笑っちゃった感想は、ラストのレースでハービーが壁を走ってトリップを追い抜くシーンを見て、恐らくはレースファンの人の意見なのだろうけれど、「あんなのはレースに対する冒涜だ」みたいなことを書いているのである。全く困った意見で、これは本格レース映画なんかじゃないよ、そういうのが見たければ、『栄光のル・マン』でも見ててくれ(私は未見)と言いたい。「壁走り」はこれまでのシリーズでのハービーの「得意技」で、これをクライマックスでやってくれたのはまさにオールドファンに対する制作者たちのサービスで、あれがなきゃ画竜点睛を欠くというものなのである。
 「壁走り」がどれだけ受けたかってのは、後に『ルパン三世 カリオストロの城』で宮崎駿がフィアットに崖を走らせたことでも分かる。これは、ワーゲンとかフィアットとか、丸っこくて可愛い車にさせるからこそ面白いのだ。そのへんの感覚も分かんないたかがレースファンが、映画を偉そうに語ろうってんだから、専門家気取りなやつの言はこれだから鬱陶しいのである。
 素直にファミリー映画として楽しめば、これだけ「安心して」子供を連れて行ける映画も珍しいくらいである。随所随所に見せ場はあるし、車にだって心があるってことで、子供にモノを大切にしようって気持ちを持たせる効果もあるだろう。かと言って、説教臭いわけでは全然ない。素直になエンタテインメントに仕上がっているのである。
 CGIが必ずしも「売り」になってはいないのもいい。ハービーの「表情」は、確かにバンパーがくにゃっと曲がったり、急に「顔面崩壊」してベロベロバーをしたりはするけれども、危惧していたほどにはわざとらしくなってはいない。これも旧作の雰囲気を大切にしようというスタッフの良心の表れだろう。
 オールドファンとしてちょっと残念だったのは、『ハービー』のテーマソングが、一回しか流れなかったこと。流してくれただけで嬉しくはあったのだけれど、『イージー・ライダー(ワイルドで行こう)』を流すくらいなら(いまいち雰囲気に合ってないよなあ)、もっと『ハービー』が聞きたかったという思いはしてしまう。
 主演のリンジー・ローハンはあちらではムチャクチャ人気があるらしくて、確かに勢いに乗ってる印象はある。
 けれど、これまでに出演している映画の殆どがリメイクだったり続編だったりで、その売り方がいかにも「アイドル」であって「役者」でない点が気にかかる。デビュー作の『ファミリー・ゲーム/双子の天使』は『罠にかかったパパとママ』(エーリヒ・ケストナーの『ふたごのロッテ』!)のリメイクだし、最大ヒット作の『フォーチュン・クッキー』もオリジナルはジョディ・フォスター主演の『フリーキー・フライデー』だ。で、全部ディズニー制作。
 何が気になるかって、こういうディズニー御用達の健康優良児(と言っても昔に比べればかなりワイルドではあるのだが)ばかりに主演してたら訳の幅が狭くなっちゃうんじゃないかとか、でもいきなり「オトナへの脱皮」とかで、汚れ役やっちゃって人気急落なんてことになってもよくないよなあとか、そういう余計なことを考えてしまうのだね。
 言っちゃなんだがリンジーちゃん、アチラでは今が旬で「魔法」がかかっているみたいだけれども、コチラではそうでもないので、恋人のケビン(ジャスティン・ロング)から「すごくきれいだ」とか言われていても、「そう?」と疑問符が付いてしまう。比較しちゃ悪いが、懐かしのエリザベス・テーラーほどに驚異的に美しいってほどでもないからね。

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08月04日(木)
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