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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■オタク道に女は要らない/『花も嵐も 女優・田中絹代の生涯』(古川薫)
しかし、本書を読んで「田中絹代がこの国の人間に何をされてきたのか」を考えたとき、この「飽きっぽさ」というか「過去に対する執着心のなさ」というか「楽しいことも楽しくないことも全部忘れてスッキリするクセ」というか、これこそが日本人の一番の特性なんじゃないかという気がしてくるのである。しかし、たとえ日本人の大半が歴史を過去に置き去りにすることで生きてきた民族だとしても、田中絹代は決して忘れられていい女優ではない。田中絹代はただ単に名女優であったというだけの存在ではない。日本は、日本人は、確実に「田中絹代の時代」を経験してきているからである。
田中絹代の評伝は新藤兼人が『小説田中絹代』を著しており、これは市川崑監督・吉永小百合主演『映画女優』のタイトルで映画化もされた(映画は糞だったね)。
即ち「定番」の伝記が既にあるわけで、にもかかわらずあえて大部の評伝を上梓しようというのだから、いったいどういう切り口で田中絹代に取り組んでいるのか、そこが気になるところである。
筆者の「あとがき」によれば、本書を執筆するに至る最初のきっかけは「田中絹代の靴のサイズが22センチだった」ことだという。「そのちっちゃな靴で、『花も嵐も踏みこえ』トップスターの座を守り抜いたのか」。
まあ、この感慨がピンと来る世代はもう日本には殆どいなくなっているように思う。私とて、亡き母に思いを寄せるときようやくその感慨の片鱗がうかがえるくらいのものだ。
ムカシの人には説明不要だが、タイトルにも使われている「花も嵐も踏み越えて」のフレーズは、田中絹代の代表作の一つ、『愛染かつら』の主題歌『旅の夜風』の冒頭の一節である(ちょっと前までは「この歌のタイトルは?」と質問したらみんな『愛染かつら』と答えるので、「違うよ、『旅の夜風』だよ」と正解を言うクイズが流行ったものだったが、今や曲自体が忘れられてしまっているのが悲しい)。
田中絹代という大女優を一言で語るとことは不可能だが、この一世を風靡した歌を語ることで、その時代に生きた女性の人生を象徴させることができる。「戦後」という時代がまず『リンゴの歌』に象徴されるとすれば、戦前、戦中を象徴する歌が『旅の夜風』だ。これはそういう歌なのである。
私もこの歌は母の鼻歌で覚えた。母もまたこの歌に自分の人生を重ね合わせていたのだろうが、恐らく戦後の一時期くらいまでは母と同じように感じていた女性が一般的であったと思う。一つの歌が時代を映すことがなくなってしまった現代人には、「花も嵐も」に込められたかつての女性たちの思いはピンと来なくなってしまっているだろう。「花」だの「嵐」だの余りにも大仰で誇張が過ぎるように思えるだろうが、実際にそれが大げさに感じられないほどに情熱と苦悩を当時の女性たちは経験していたのだ。
> 花も嵐も 踏み越えて
> 行くが男の 生きる道
> 泣いてくれるな ほろほろ鳥よ
> 月の比叡を 一人行く
> 優しかの君 ただ独り
> 発(た)たせまつりし 旅の空
> 可愛い子供は 女の生命(いのち)
> なぜに淋しい 子守唄
歌っているのは映画に主演した上原謙・田中絹代ではなく、霧島昇とミス・コロムビアである。歌詞を見れば分かる通り、一番が男の歌、二番が女の歌である。
しかし冒頭の「花も嵐も」は当時、男性よりも女性によりアピールした。田中絹代が演じた高石かつ枝が、いや、田中絹代自身が花も嵐も踏み越えた波瀾万丈の人生を送っていた。そしてそのことを大衆も感じ取って、自らの身になぞらえていた。
だからこそ、筆者の古川氏もこの評伝のタイトルに『花も嵐も』を冠したのだと言える。そういう感覚が普通だったのだということが理解できないと、「なぜ男の歌が女の人生に重ね合わせられるのか?」という疑問にぶち当たったまま、答えが出せなくなってしまう。
「田中絹代がどれほどの女優であったか」どんなに百万言を費やしたところで、知らない世代には伝わらない。いや、その生前から「忘れ去られていった」過程を古川氏の筆はある意味残酷に描き出して行く。
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08月03日(水)
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