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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■『Zガンダム 星を継ぐ者』再論/『神様ゲーム』(麻耶雄嵩)
麻耶雄嵩『神様ゲーム』(講談社)。
これもミステリーランド第七回配本作品。箱カバーの惹句は、「まさに神わざ。」これがどういう意味を持っているかは、本書を最後まで読めば「まさに」と首肯することになるだろう。これはそれくらい激賞してもし過ぎないくらいの傑作である。
主人公は小学四年生の芳雄(江戸川乱歩の『少年探偵』シリーズの小林君と同じ名前だね)。彼の住む神降市で、残虐な猫連続殺害事件が起きる。芳雄は同級生と結成した少年探偵団の仲間と一緒に、事件の犯人を探し始めた。そんなとき、転校してきたばかりのクラスメイト・鈴木太郎君とトイレ掃除をして入る最中に、彼からとんでもない話を聞かされる。
「ぼくは神様なんだ。だから猫殺しの犯人も知っているよ」。
彼は大嘘つきなのだろうか。それともこれは「神様ゲーム」なのか。
数日後、芳雄たちは探偵団の本部として使っていた古い屋敷の古井戸の中に詰められた友人の英樹の死体を発見する。恐怖と悲しみに包まれる芳雄たち。猫殺しとこの殺人事件は何か関係があるのだろうか?
芳雄は思い余って「神様」鈴木君に「犯人に天誅を下してほしい」と頼んでしまう……。
これだけ「仕掛け」の多いミステリも珍しい。詳述すればトリックをばらすことになるので、なかなか書き方が難しいのだが、基本的にこの作品にはふた筋の「謎」がある。
1、猫殺しおよび英樹殺人事件の犯人は誰か。
2、鈴木君は本当に「神様」なのか。
しかし物語が展開されていくにつれ、この二つは複雑に絡み合い、新たな謎をも生み、感嘆には解けなくなっていく。ついには、読む人によっては恐らく「訳が分からない」と頭を抱えることになるだろう空前絶後のラストへと辿り着くのだ。
自慢ではないが、私はたいていのミステリ作品の犯人やトリックは「慣れ」で当てることができる。当てられない場合は私の想像の方がその作品の出来を上回っているときである(それだけ出来損ないのミステリが横行しているのだ)。
しかし、本作は九割九分までそのトリックと犯人を見破っていながら、作者が「あのような結末」を用意しているとは思わなかった。ここまで見事に「うっちゃり」を食らわされたのは久しぶりの経験だが、決して悔しくはない。「あのようなラスト」を「用意しなければならなかった」筆者の創作意図に深く共感するからである。
本作にはいくつもの「怒り」が表れている。それは作中人物の言葉を借りても語られることがあるが、基本的には筆者の麻耶雄嵩本人の怒りであろう。その怒りも大雑把に二つにまとめることが出来る。
1、世の中はどうしてこんなに不条理にできているのか?
2、どうしてミステリは「真実」を明かしてやらなければならないのか?
作中で、芳雄は「大事な猫を殺されたのに、それがどうしてたいした罪にもならないの?」と嘆く。もちろんこれは読者の少年少女たちに与えられた「きっかけ」に過ぎない。「世の中の不条理」はほかにもいくらでもあるからだ。犯罪が適切に裁かれていない、という思いは大人にもある。なのに、その当の大人たちが犯罪を助長するような世の中を営々と築き上げてきたことに対して何の反省もしていない。こうなったら「神様」にでも頼るしかないのではないか? しかし、世の中にゴロゴロしている「神様」もまたトラブルを解決してくれるどころか、諍いの種にしかなっていないのである……。
しかし、世の中の一番の不条理とは、そんな現実から少年少女の目を逸らそう逸らそうとしている大人の偽善ではなかろうか。そんなに大人は子供を純粋培養したいのか。
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07月26日(火)
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