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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■死者にムチ打て/『シティボーイズミックスPRESENTS メンタル三兄弟の恋』パート1
会場は三階席までほぼ満席で、これなら来年以降の九州公演も期待できるんじゃないかという感じ。大ホールではあるけれども、客席の勾配がよく計算されていて、後ろの席でも舞台が間近に見える。しげとよしひと嬢は下手のほうの席に、私は上手の席に分散する。座席についてはプレ抽選に私としげと二人で応募して、両方当たっちゃったので、チケットは計4枚あった。一枚はよしひと嬢に渡したが、もう一枚は希望者を募ったところ、早い者勝ちで草野(加藤)さんのお友達がゲットした。私の隣に座った人が確実にその人なのだが、面識がないので声はかけられない。あちらはあちらで隣に座っている変なオジサンがチケット提供者であるとは夢にも思わなかったであろう。芝居の間、よく笑っていらっしゃったので、楽しんでもらえてよかったなあと独り合点でホッとする。
オープニングはメンタル三兄弟の紹介。
きたろうさんが大竹さんにポットのお茶を注いであげるのだが、いきなりポットにお湯が入っていないというミス。大竹さんが「いきなりかよ!」と突っ込んで、きたろうさんも困った顔。これがホントにハプニングだということは生中継ライブを見ていればこそである。
長男・斉木しげるは「自分がホログラムではないか」という妄想に囚われている。
次男・きたろうは「この家が縁の下に住んでいるサラリーマンの吉田さん(中村有志)に支えられている」という妄想。
三男・大竹まことは「誰かにダンスの振り付けをしたくてたまらない」という妄想。
だから「メンタル三兄弟」というわけなのだが、パンフにも書いてあったが、このネタ、実際にそういう兄弟が知り合いにいて、モデルになってるんだそうな。こないだ『犬神の悪霊』を見たばかりだから、「家族そろってイカレてるっての、現実にもあるよなあ」と不謹慎なことを思う。
斉木さんときたろうさんが妄想の中でニコール・キッドマンを譲り合って、「ニコールからは手を引くよ」「オレこそ手を引くよ」と言ってるのを聞いてた大竹さんが、「いつ手を出したよ!」と突っ込むギャグがよい。WOWOWでの生中継(以下、「生版」と略す)よりも大竹さんの声に張りがあるのも分かる。まさに舞台は生き物だ。
この三兄弟、そろって独身で同居しているという設定。だからギャグはもちろんおかしいのだが、もう初老の域に入ろうとしているお三方が演じると、笑いの向こうに寂しさ、切なさが漂う。ラストにまたこの三兄弟は再登場するのだが、きたろうさんは、家族ができて妻の実家に帰ることになる吉田さんと、悲しい別れを迎えることになる。妄想の友からも去られてしまう寂しさとは、かなり深刻なのだが、それをさらりと流すように演じるのはきたろうさんならではの持ち味だろう。シティボーイズのお三方は、昔のようなアナーキーでラジカルな芝居よりも、孤独と、今や死を身近に思うほどに研ぎ澄まされた感覚を描くほうに、芝居の興味がシフトしてきているのかもしれない。
便宜上、タイトルを勝手に付けて各スケッチの内容を紹介すれば以下の通り。
「パッション・ショー」
寿司屋の店員たちが、「この店にないものは客とパッションだ」と、パッションショーを催すことを企画する。みんなで義太夫を唸ったり、暗闇の中で駆けまわったり。地元に来て張りきっているのか、中村さんがシーツを「パッション!」と叫んで“はたく”のが生版よりも激しい。ラストは斉木さんが不動明王に扮して登場。でも台詞は「悪い子はいねが〜」と、なまはげ。
「予期せず余った時間の使い方会議と謎の編物集団」
調整課の社員3人が会議室に行くたびに謎の編物集団が現れるというシュールなスケッチ。
生版にあった中村さんが万年筆のインクを吸うギャグがカットされ、、中村さんが指にボールペンを刺してエイリアンのパフォーマンスをするギャグも短縮されている。そのかわり、生版でタイミングが合わずに幾多郎さんが言い損ねていた「キャサリン・セタ・ジョーンズと言おうと思ったけど、やめたよ」の台詞が復活。これは生版だけを見た視聴者には一生わかんない「真実の台詞」だ。
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05月24日(火)
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