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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■どうしてみんなあえて狂いたがるのか/舞台『お父さんの恋 -Family Tale-』
 長女の正子は家庭が崩壊し、現在不倫中である。次女の美樹は会社の金を騙し取られていて、父親の財産を狙っている。長男の大樹(堺雅人)は今流行りのニート(要するにプー太郎だよな)だ。そんな家族のテイタラクを目の当たりにしても、正樹には何もできない。しかし、そんな彼らを見ていて、さおりが突然、思いもよらないことを言い出す。「あなたたちには正樹さんを任せておけません。私は正樹さんを愛しています。正樹さんと結婚させてください」。
 もちろん、“意識のある”正樹は、もうずっと先からさおりのことが好きだった。妻をなくし、孤独に耐え切れなくなった正樹は、家を新築すれば子供たちが戻ってきてくれると信じて、この家を建て替えた。子供たちが好きだと言っていたシャンデリアに暖炉……。めちゃくちゃなインテリアだったが、それで家族の絆がつなぎとめられると思っていた。ところが、子供たちは父親を見捨てた。正樹は自殺を決意したが、その直前に脳溢血で倒れる。自分には死ぬことすらかなわない。悔し涙を流すこともできず、絶望のどん底に陥れられていたちょうどそのときに、さおりが現れ、実の子供たち以上にかいがいしく自分に尽くしてくれるようになったのだ。正樹は恋をした。そして、生きる気力を取り戻したのだが、情熱を傾けたいと熱望するその人とは、会話することすらかなわなくなっていたのだ……。
 正樹は確かにさおりに恋心を抱いている。けれど、自分の娘たちよりも若い、この美しい娘が、寝たきりの老人に恋をしたなんて、本当だろうか? 物語は、家族一人一人の隠し事を少しずつ暴きながら、その心の奥底を覗いて行く……。
 イマドキの演劇の常として、むりやりギャグでつないでいく展開があるのはちょっと気に入らないが(もっぱらギャグは成志君が担当してるんだが、正直な話、物語の展開上は殆ど必要ないキャラである)、前田吟の演技、自分の意志が伝わらないもどかしさが、話が進むにつれて切実感を増してくる。見ているこちらは、「いつか何らかの形で意志が伝わるようになるのではないか」と期待しているから、それが外されるたびに、悲しみが弥増していくのである。いや、前田吟自身は決して悲痛な演技はしていない。その演技はあくまで軽い。しかし、軽いからこそ、寂しいのだ。『男はつらいよ』シリーズのファンなら、すぐに気づくだろう、これは、渥美清の演技である。
 物語の冒頭、さおりが家族みんなに向かって「正樹さんを愛しています」と啖呵を切り、正樹に「行きましょう、正樹さん」と声をかけるシーンがある。そのときの正樹の返事が、一拍置いて、上ずった声で短く「はい」である。ああ、この「間」と「発声」は「寅さん」だ。自分がモテるなんて露とも考えていなかったのに、急に告白されてドギマギしてしまったときの寅さんだ、まさしくそうなのである。
 フーテンで、家族に迷惑ばかりかけている「お兄ちゃんの恋」と、寝たきりで、家族の絆を結べない「お父さんの恋」。どうにもならない恋をしている図式も同じなら、その悲惨さを悲惨と見せない喜劇としての作劇の仕方も、実は全く同じなのだ。前田吟は明らかに渥美清を念頭において演技プランを立てている。脚本の中谷まゆみが前田吟を主役に据えたのは、渥美清を20年以上にわたって見てきて、その「芸」を盗んでいるに違いないと確信しての起用であったのだろう。前田吟はまさにそういう役者であった。だから、観客が正樹に感じる切なさは、寅さんに感じるものと同質なのである。
 前田吟の前では、形式上の主役(失礼)、NHK大河ドラマ『新選組!』で山南敬助を好演した堺雅人もいささか影が薄くなってしまうのが残念だが、共演した役者さんたちも、何らかの形で前田さんの「芸を盗」んでくれればいいと思うのである。ああ、やっぱりこの芝居、ナマで見たかったなあ。

05月22日(日)
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