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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■12万ヒット!/『コミックマスターJ(ジェイ)』12巻(田畑由秋・余湖裕輝)
 なんですかねー、登場人物のマンガ家に、映画『最後のサムライ』(『ラストサムライ』ですな)を「鎧を着ているのは間違ってるんじゃなくて演出だっのっ。映画は歴史の教科書じゃねーんだよっ。この映画が何を描こうとしているのかという読解力もないのかっ!?」って叫ばせてるけど、「時代考証」ってのは「形」だけじゃなくて、その時代の「精神」だって考証するものだ。『ラスト・サムライ』にどの時代の日本人の精神が表現されていたかな? 映画が歴史の教科書じゃないのはその通りだけれど、「明治に鎧」を演出と言うには無理がある。西部劇でインディアンがジープに乗って攻撃してきたら、この監督は馬鹿だとしか思わないでしょ。「この映画が描こうとしているもの」は、監督の脳内にしかない「日本人像」である。「武士道とは死ぬことと見つけたり」というのは『葉隠』などにあるかなり特殊な「武士道」の捉え方なんで、普遍的なものじゃない。どうして日本人がありがたがらなきゃならないかね? それに、このマンガ家が「日本を武士の国」と捉えているのもそれこそ歴史認識の大間違い。日本人の大多数は、昔からそのメンタリティにおいては農民と職人と商人の国だよ。前にも書いたと思うが、『七人の侍』を引くまでもなく、時代劇は「勝ったのは侍ではなく百姓」であるのが一番相応しいのだ。日本の時代小説は、侍ものよりも捕物帳を初めとして、市井物のほうが圧倒的に多いことを知らないんだな、この作者は。日本人の癖に。
さらにこのマンガ家は、USA『ゴジラ』を見て、「このGODJIRAよりすごい映像が、いままで日本のゴヂラ映画にあったか? はっきりいおう、ない。断じてない」とか嘆いている。これも『ゴジラ』の精神を何一つ表していないUSA版のほうがよく見えるらしい。核の脅威を描いてるんではなくて、それすら制御できると安易に語るバカ映画のどこが傑作だ? 読解力がないのは誰だろうねえ。
 こういう精神主義の塊のようなバカが大挙しているもんだから、外国映画のほうが日本映画よりよく見えるのである。外国映画に対する故なき劣等感から、自国の映画が貧弱に見えているだけだ。まさしく「自虐史観」である。こんな卑屈な根性で、どれだけの作品が描けるものかね? 真っ向から侍魂を見せてやる! と嘯くんなら、井筒和幸監督を「井痛痛数奇」なんてモジッて誤魔化さないで、堂々と批判しなさいよ。批評の対象なら、実名でも構わんはずだぞ?
 今巻から、ついに最終回に向けて、コミックマスターJがゴーストライターになったいきさつを語る「神との戦い編」が始まったのだが、こんなに底の浅い作者だったのかとガックリ来ちゃったので、これまで面白く読んでたのが一気に冷めた。日本のマンガは今や「聖書」を越えた高みにまで上っている、と誇っているような暗示もあるが、作者がただの妄想家なら、説得力がなくなっちゃうのである。あーあ。

05月04日(水)
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