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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■地震話はこのへんでオワリ/映画『ニューヨークの王様』
 放送ではメイキングでジム・ジャームッシュが本作を絶賛する様子が紹介されていた。製作後50年が経過しているが、再評価はこれからなのかもしれない。


 『TBSテレビ50周年 あなたも歌わずにはいられない!! 昭和〜平成にっぽん歌謡50年全史』を謳わずにはいられなくなりながら見る。
 私の歌謡曲追っかけ歴史は80年代半ばまででストップしているが、逆にそれまでの主要か結う曲はほとんど歌えてしまうのが自分でも驚きであった。およそ柄ではない世良公則とツイストの『あんたのバラード』とか、もんた&ブラザーズ『Dancing All Night』までフルで歌えてしまうのだから(上手い下手は別)、ムカシの人間がどれだけ「歌は世に連れ世は歌に連れ」な生活を送っていたかが実感できるのである。もちろん山口百恵もピンク・レディーも堀ちえみも。松坂慶子の『愛の水中花』なんて、思いっきり切なげに歌えちゃうのだ。いや、そのケがあるわけではなくて、ヒット曲というものは老若男女を問わず歌えていた時代が、80年ごろまでには確実に続いていたのである。今思い返すに、ヒット曲が一部のマニアのものになっていく分岐点は、やはりアイドル全盛の時代、松田聖子、中森明菜あたりのヒットを経てからであった。あのころ父が松田聖子の歌を聞きながらしょっちゅう「どこがいいのかさっぱり分からん」とボヤいていたのを思い出す。
 いくらミリオンセラーが出るようになっても、若い人の間だけで流行っていて、オヤジやオバハンはまるで知らない曲なんてのは、本当の意味でのヒット曲とは言えない。そういった意味でのヒット曲は、今や壊滅していると言っていい。世代間のギャップが激しさを増しているのは、「共通の歌を知らない」点も大きいのではないか。いや、オジサンやオバサンはね、その気になれば、あゆだろうがモー娘。だろうがいい曲だと思えば歌えるんだよ。そういうのも「気持ち悪くなかった」時代に生きてたんだから。
 だからしげに「やっぱり『ザ・ベストテン』は復活しなきゃダメだ」と熱弁を振るったのだが、どうも今ひとつピンと来ないようである。一つの曲が世代間を越えて流行るためにはやはり媒体というものが必要で、それは『ミュージックステーション』のようなただの歌番組ではダメなのだ、『ザ・ベストテン』の「視聴者投票によるベストテン選出」が、どれだけ歌手と視聴者の距離を卑近にしてくれたことか(好きな歌手でもヒットしてないと出演できないという弊害はあったが)。
 あれだけのエネルギーを費やした歌番組はもう作れない、というのが悲しい。それは、一つの歌が一つの時代を象徴することなどなくなってしまったことをも意味するからである。

 『BSアニメ夜話』、今晩は『新造人間キャシャーン』であったが、タツノコ作品にはあまり思い入れがないので(でも全部見てたけど)、話を聞いていても「ふーん、そう」ってなもの。アメコミ調のバタ臭いキャラクターデザインだと、女の子が全然かわいく感じられないんだよねえ。まあまあ好きだったのが『タイムボカン』シリーズくらいなもので。そういえば最近タツノコはどんなアニメ作ってるんだ?


 四月公開予定のシリーズ第13作、『映画クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ 3分ポッキリ大進撃』に、波田陽区と坂井真紀がゲスト声優として出演とか。波田陽区は怪獣役ということだけれど、エフェクトかけずにそのまんまの声でやれそうだってことでの起用だろうか。
 だいたいどの劇場アニメでも、こういう歌手とかタレント、普通の役者をゲストに呼んだ場合、ちょっとじゃまっけと言うか、はっきり言えばなんでこんなど下手糞なやつを使わなきゃなんないんだよ、という印象が強くて、腹が立つことが多い。もちろん、ちゃんとした「役者」として呼ばれた場合は別なのだけれども、客寄せパンダなのだなあというのがミエミエなのはもう、映画自体を抹殺したくなることもあるのである。誰とは言わんが、政治家兼作家の弟が出演して、それがそいつの映画での遺作になっちまったってやつとかな(笑)。

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03月30日(水)
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