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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■2004年度映画勝手にベストテン
でも、「空っぽ」だからこそ、観客がいくらでも想像力で物語を補完できるとも言える。斎藤環のように「ストーリーや整合性についての諸問題については、本作の圧倒的なまでの楽しさと、観ることの快楽の前には問題にもならない」(『キネマ旬報』12月下旬号)なんて、本作に数多の根本的欠陥があるにもかかわらず、そこからあえて「目を逸らす」ような、批評にもなってない、愚劣な感想文が垂れ流されている始末だ。もうこれは単に「宮崎駿ブランド」にみんなが群がってるだけにしか思えない。たとえどんなに「つまんないよ」と人から言われても、いったんは見てみないと気持ちが落ちつかない、そしてともかく「誉めなきゃいけない」思い込みに支配されてしまっているのだろう。まるで一時期の紅白歌合戦だ。……その『紅白』は史上最悪の視聴率で、39%だったとか。国民番組はなくなったけれど、国民映画は生まれてるってことか。
けれど、そんなふうに「意味もなく」自分の映画が享受されることに一番苦々しい思いをしてるのは宮崎さん本人じゃないかと思うけどなあ。思いついたシーンから前後の脈略なく絵コンテを切って、あとでむりやりストーリーの辻褄合わせるのは最近の宮崎監督のやり方だけれど、今回の『ハウル』はその「辻褄合わせ」にかなり失敗していること、誰の目にも明らかだと思うんだが。だいたい宮崎監督自身が、「城の中身を作ること考えてなかった」「魔法で何でも解決していいのか」と悩んだ末、最後は「投げちゃった」ことを告白してるんである。てなきゃ、あんなにふざけた結末にゃならないよ(^o^)。
もしかしたら宮崎監督は、「映画をマトモに見ようともせずに、無条件で自分を誉めるブランド志向のファン」を自ら裏切ろうとしてるんじゃなかろうか。穿った見方かもしれないが、そうとでも思わなければ、あんないい加減な映画を作った理由がわからないのである。もしそうだとしたら、『ハウル』を誉めること自体、大馬鹿野郎の烙印を押されることになりかねないので、ヒョーロンカの方々は、今回、いささか注意が必要じゃなかろうかと思うんだけど、どうでしょうかねえ。斎藤環の場合はもともと評論家としてのランクなんて無いも同然だったから、今更何の傷も付かないだろうけれども。
01月04日(火)
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