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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■爆発120%!/『カミヤドリ』1巻
 それに、“本当に”学校に通わせること以外に教育方法の選択肢がないのかどうか、世の親がどれだけ考えたというのだろう。いったい今の学校の授業の中で、社会に出たときに真に役に立つ勉強がどれだけあるというのか、子供にキチンと説明している親がいるのだろうか? 小学生の親はただ託児所がわりに子供を学校に追いやり、中高生の親は自分の見栄のために通わせているだけではないのか? そこが生徒間のいじめや暴力、教師の手前勝手な思想の押しつけ、あるいは下らぬ校則での管理など、社会の理不尽な現実のミニチュアであることを知った上で子供を送り込んでいるのだろうか? もし「それこそが社会勉強だ」と主張するのなら、もう私には何も言うことはないけれども。
 映画『誰も知らない』で、YOUが演じていた母親が「学校なんか行かなくてもえらくなった人はいっぱいいる」と言い放つシーンがある。アレを見て「なんて無責任な母親なんだ」と憤る人はいるだろうが、実は一昔前の親というものはどこでも同じセリフを吐いていたのである。だって本当に「学校に通わせるだけ時間のムダ」と思っていた親が多かったから。現代だって、「学校以外の選択肢」を選ばせた方がいい子供は本当は何万人、何十万人という単位でいると思う。


 レイモンド・ベンスンによるOO7・ジェームズ・ボンドシリーズの最新小説『赤い刺青の男』は、ご存知の方も多かろうが“あの”『OO7は二度死ぬ』の「直接の」続編で、日本を舞台にしている。
 このほど映画化とロケ誘致の実現を目指す署名活動が、北海道登別市で始まったそうな(同じく小説に登場する香川県でも既に署名活動を開始)。
 けれどもここんとこOO7シリーズの映画は殆ど映画オリジナルとして作られており、原作は存在していない。巷に流れている小説版はあくまでノベライズなのである。
 ジョン・ガードナー、ベンスンと、イアン・フレミングの衣鉢を継ぐ形で書かれてきた小説オリジナルシリーズは、これまでただの一本も映画化されたことはなかった。フレミングの原作があったころにはたとえ原作をかなり逸脱した内容であろうと原作のネームバリューは無視できず、タイトルはあくまで原作を踏襲してはいたのだが(第15作『リビング・デイライツ』まで)、映画製作会社であるイオン・プロダクションとしては「別にガードナーやベンスンの小説をムリに映画化しなくても、映画オリジナルの方が、客が集まるし」といった判断でもあるのだろう。スペクター再登場の話などもあって、決してつまらなくはないのだが。
 だから、北海道や香川県がいくら署名運動を展開したところで、映画化はかなり難しいと思うのだが、『赤い刺青の男』をお読みの方はご承知の通り、あれにはなんと『二度死ぬ』のタイガー田中が再登場しているのである。タイガーと言えばもうこれは丹波哲郎以外の役者は考えられないので、もしも映画化されるのなら、丹波さんには失礼ながら、時間的な余裕はそんなにないと思うのである(^_^;)。OO7シリーズでボンド以外のゲストキャラが同一同俳優で再登場した例はリチャード・キールのジョーズなど、数えるほどしか例がない。それを考えると、これは確かに映画化してもらえんものかという気はしてくる。
 ピアース・ブロスナンのOO7降板は決定して、次作のボンドはどうやら『エバー・アフター』『ミッション・インポッシブル2』のダグレー・スコットになるらしいが、もしも『赤い刺青の男』が映像化されるとすれば、“若返ったボンド”(スコットは来年40歳)と、トシを取ったタイガー(丹波さんは現在82歳)との共演になるわけで、いくら「ボンドはトシを取らない」ことが暗黙の了解だからと言っても、どうしたって「同一人物の再会」と言い張るにはムリがあるのである。やっぱり映画化はムリですかねえ。

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09月17日(金)
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