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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「心ある」ということ/『GUNSLINGER GIRL』1・2巻(相田裕)ほか
ああ、これももっと早くに読んでいたかったなあ! 人に本気で奨められる作品なんて、実のところそう多くはないのだけれど、これはいいぞ!
表紙を見ると、美少女が銃を持っていて、その絵はいわゆるアニメ絵である。となると、もう腐るほどある「美少女が武器持ってドンパチやる」ありふれた作品のように見えてしまうのだけれど、これが全然違うのだ。少なくとも宮崎駿に叱られる可能性は絶対にない(^o^)。
「少女に与えられたのは、大きな銃と小さな幸せ。『義体』と呼ばれる機械の体、薬による洗脳。居場所を求め銃を手にした、少女たちの物語が幕を開ける……。」(オビより)
舞台はイタリア。「公益法人社会福祉公社」という名前の組織に、5人の少女たちが所属していた。
ヘンリエッタ、リコ、トリエラ、クラエス、アンジェリカ。
彼女たちにはみな一様にここに来るまでの記憶がない。そして彼女たちのここでの仕事は、政府のための「汚れた仕事」、つまり「暗殺」であった。
「公社」は、身寄りがなく、居場所を失った障害者の少女たちに「義体」を与える。パートナーとなる「フラテッロ(兄弟)」は彼女たちの指導官としての役目を果たす。彼女たちは薬によって、人間としての感情を無くし、殺すことを躊躇わず、パートナーに愛情を注ぐように「条件づけ」を施されていた。
だから、彼女たちの「感情」も作られたもののはずだった。いや、たとえ作られたものであっても、それが「心」でないことがあるだろうか。
「もしも誰かを好きで好きでしょうがなくなって、それでも永遠に満たされないとわかってしまったら」。
答えの出ない疑問を、少女たちはその身を血の衣装に纏いつつ、自らに問いかけ続ける……。
いきなり『寄生獣』の話にリンクさせてしまうが、あの作品で一番おもしろかったのは、寄生生物の思考に影響されて、新一の心から「感情」が一時期失われていくところであった。
「新一」という「人間」が消えたわけではない。しかし、彼の心から感情が失われ、涙を流せぬ自分になっていることに気づいたとき、彼自身もまた自分が人間でありえるのか、悩むことになった。自らの心が「不完全」なゆえに悩むのである。
しかし、「完全な心」などというものはありえるのだろうか?
我々は実のところ、「不完全な心」を重荷のように抱えて右往左往しているだけの存在ではないのだろうか。
『鉄腕アトム』が、『人造人間キカイダー』が問いかけてきた疑問を、『寄生獣』は途中で放り投げた。けれど、この『GUNSLINGER GIRL』は、その問題に正面から挑んでいるように見える。
「壊れたカラダ」を「修繕」してもらった代償として、「不完全な心」を植えつけられた少女たち。だから彼女たちの感情表現はいつも「イビツ」だ。ある者はストレートにその愛情をパートナーにぶつける。ある者はパートナーの「道具」に徹する。ある者は拗ねる。ある者はパートナーを思うあまり、「最後」の方法を取る。
彼女たちは自分がどうイビツなのか、認識する力がない。だからその思いはとめどなく深化し、彼女たちの心そのものを押しつぶしていく。彼女たちよりは恐らくより「完全に近い」心を持っているパートナーたちは、それゆえに悩む。しかし答えが出るわけではない。結局、洗脳されたわけでもないパートナーたちも「完全な心」などは持っていないことが示される。そして、それは私たち読者も同じことなのである。
彼女たちが、自らの運命をどこに置くことになるのかは、結局誰にもわからない。私たちは彼女たちの運命の流れ着く先を、ただ呆然と見続けることしかできないのである。
07月14日(月)
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