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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■いきなり記念日/『なんだかコワレ丸』3巻(矢也晶久)/『デル・カント・バジェット』(坂田靖子)ほか
お江戸のほのぼのコメディー、染問屋のお嬢さん・お染さん(ストレートなネーミングだ)を主人公にした『卍急須』『両国サマー・デイ』『紅葉マンジュウ』の三本と、平安時代の貧乏姫をなんとかして嫁がせようとする乳母の奮戦を描いた『たぬき姫』も同時収録。女の子が主役になると、坂田さんも少女マンガ家なんだなあ、という感じがしてくるね。いや、失礼(^_^;)。
ああ、でも「悪い評判が立った娘はオタク男に押し付けよう」ってのはちょっとキツイぞ。乳母の「部屋の中まで入っておいてコレクションの解説かいっ! キスくらいしろよおめーは」って憤り、そりゃわかるけどさあ、オタクにゃキスよりナニより大切なことってあるのよ。
DVD「押井守シネマ・トリロジー/Dog Days After』。
ボックスの特典ディスクがこれ。
実写3作品のCD付き、映像特典も予告編や静止画資料だけでなく、新たに撮り降ろした「女たちの押井守」を収録。すなわち、これまで押井監督の実写作品にヒロインとして登場してきた兵藤まこ、鷲尾真知子、石村とも子、蘇億菁(スー・イーチン)の4人へのインタビューと、ロケ地となった山形や台湾を再び彼女たちに語ってもらうというなかなかの企画モノ。もっとも押井守嫌いには、女優さんたちがみんなで押井守を誉めたたえてるので、悔しくてハラワタ煮えくり返る思いをするかもしれない。
女優さんたちが喜ぶのは当然である。自分が役者として表現したいもの(それは必ずしも自らの美貌ではない)、あるいは自分は気づきもしなかった魅力、それを押井監督が彼女たちのカラダから、引き出し、映像として定着させた。
映画はクローズ・アップの芸術であると言われる。『紅い眼鏡』も『ケルベロス』も『トーキング・ヘッド』も、ドラマ的には極めて演劇的構造を持っていながら映画たりえているのは、彼女たちのクローズ・アップによるところが大きい。
押井守が彼女たちを撮るにあたって、できるだけ「近づかないようにしていた」というのは一つの見識である。押井守の目はまさしく「覗き」の視点で彼女たちを捉える。ヒロインたちのカメラを意識せぬ目、自分が覗かれているとは知らぬ目、だからこそ彼女たちの瞳は何か一つの意味に固定されないまま、喜びも憂いも全てを含んでいつつ、また何も見てはいないようなあるやなしやの幽玄の美をも表出する。
こういう絵が撮れりゃあ、どんなに「リクツっぽい」だの「同じ話ばかり撮ってる」だの批判されても、そんなの屁でもない。押井嫌いのそこのアンタ、文句があるなら女優だけ見ときなさい。映画には「そういう見方」もできるのだ。
押井さん自身は、このインタビューで自分のことを貶してほしかったらしいけれど、そうはならなかったみたいね。ホントに貶されると思ってたのかなあ。兵藤まこには「君のためにこの映画を撮ったんだよ」とか言ったらしいし。こんなこと言われりゃ、女優さんはそうそうそのカントクを貶せるものではないよな。意外と予防線張ってるぞ、押井監督。
ああ、でも、同じセリフ、オレもしょっちゅう劇団の女の子に言ってら(女房含む)。精神構造が似てるのか、もしかしたら(-_-;)。
02月28日(金)
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