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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「歩き目です」(^^)/『名探偵コナン』40巻(青山剛昌)/『浪費バカ一代』(中村うさぎ)/『コレデオシマイ。』(山田風太郎)ほか
一応、アリバイは作るんだよねえ、首吊り自殺に見せかけるために、紐を首に回したあと、被害者の口に噛ませる。被害者の口の力が尽きたら、天井からブラリ、というトリック。……中学生のころ同じトリック考えたなあ。でも私は小説にはせずにボツったよ。だって、被害者が一瞬で口から紐を離して落ちちゃったら、アリバイにならないもの。っつーか、絶対そうなるって。……バカトリックだねえ。
FILE.7からFILE.9までは阿笠博士の初恋編。
あの、青山さんはもう暗号ものはやらないほうがいいです。「ミステリ自体書いても仕方がない」とまで言わないのは恩情ね。
折り返しで作者、「暗号が難しくなっちゃった」って書いてるけども、そもそもフサエが阿笠博士に暗号で自分の居場所を示さなきゃならない理由がないじゃないですか。
まあ百歩譲って、フサエちゃんが暗号でアガサ君の知恵を試したかったとしても、よく偶然にも「野井」さんとか「蝶野」さんとか、暗号を作るのに都合のいい名前の人が近所に住んでましたね。これが「能登」さんと「入野(いれの)」だったりしたらフサエちゃんはどうしたでしょうか。
ポーの『黄金虫』や乱歩の『二銭銅貨』なんかをまず読んでほしいものですね。
山田風太郎『コレデオシマイ。風太郎の横着人生論』(講談社+α文庫・819円)。
1996年に行われたインタビュー集。晩年の風太郎さんは、病気のために小説は書けなくなっていたが、こういうインタビューには時折応じていた。タイトルを見ると、これが最後のインタビューのように見えるが、このあと『いまわの際に言うべき一大事はなし。』『ぜんぶ余禄』と続くのである。
毎回、喋ってることはまさしく風に流れて飄々と、いかにも風太郎さんらしいものばかりだ。死ぬならこんなふうにトシ取って死にたいって思うくらいに自然体でカッコイイ。
風太郎さんが「小説を書くのは遊び。ストレスなんてたまらない」と語ってるのは有名な話だが、原稿用紙の桝目を一つ埋めるだけでもウンウンと苦吟している作家が聞いたら、目を丸くするだろう。実際に吉行淳之介は、この言葉を聞いて絶句したそうな。
こういう姿勢でいるから、『忍法帖』シリーズをあれだけ多作できたのだろう。あんな奇想天外な物語は、しゃっちょこばらずにノビノビとした精神状態でないと書けないものなのだろうな、と納得。
風太郎さんが珍しくも女優について語っているところがある。
晩年、風太郎さんと高峰秀子とは親交があったそうだ。なんと高峰さんのほうが風太郎さんのファンだったらしい。風太郎さんがサイン本を贈ったら、高峰秀子は浅草の「麦とろ」のソバをお返ししたそうな。ソバってのが粋でいいねえ。私も食いたくなった(^o^)。
「高峰秀子というのは不思議な女優でねえ。たいていの俳優は、若い時分は自分の職業を馬鹿にしたようなことをいっていても、年とると、俳優は修業が大事だとかいいだすんですよ。(中略)ところが、高峰秀子は、いつも自分の職業について馬鹿にしたようなことをいうんです。それでいて、名女優なんですよ、カンがよくてね」
と評する風太郎さんもカンがいい。まさに高峰秀子の「粋さ」のツボをついているではないか。もちろん、高峰さんは、役者を本気で馬鹿にしているのではなく、あれは馬鹿にしなければ成り立たない職業なのである。
まあ、役者に限らずとも、自分の職業に誇りを持っているなんてことを公言して憚らない人間なんて、トテモ信用はできないわなあ。
あと、風太郎さんが挙げる名女優は、轟夕起子に大竹しのぶ。「動き出すときれいに見えるというのは名優の証拠。司葉子なんかは、グラビアはよくて動き出すとたいしたことはないんですよ」。見る目あるなあ(^^)。
映画は見るのに、同時代の作家の作品を風太郎さんは殆ど読まなかったとか。
「あんまり感心すると真似するから読まないといってるけど、本当は面倒臭いからですよ」。
本当にそれが本音ではないだろうか(^_^;)。
なんと、横溝正史まで殆ど読んでいないと言う。なのにその批評は的確である。
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02月20日(木)
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