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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■事故の顛末(^o^)@/舞台『アパッチ砦の攻防』
それがほとんど、宇津見さん自身の言葉のように解釈されている。上記の私の書きこみすら、宇津見さん本人の意見と全く同一のように語る人もいる。「賛同」さえすれば意見が完全一致、と解釈するというのは、普通、滅多にせんことだと思うが。人間一人一人は全部違うんだよっての、難しすぎてよくわかんないかな? それとも最近はそういう「常識」、誰からもおせーてもらえないの?
宇津見さんが私の言葉を引用したのは、「ヨソではアナタたちに愛想を尽かしてる人には、こんなヒドイことを書かれてるんですよ、腹が立ちませんか? そこまで言われてしまう意味を考えてみましょうよ」ということなのであって、そこで私と宇津見さんの態度には、明確な差異が既に生じている。
「私は」、定連さんたちに愛想をつかしているが、「宇津見さんは」「この時点ではまだ」「愛想をつかしてはいない」のである。この二者を比較した場合、腹を立てるべきがどっちかは分りそうなものだが。通じねえ奴には通じねえやな。
宇津見さんは、定連さんたちを批判した時点ではまだ「言葉が通じる」と思ったからこそ、書きこみをされたのだろう。あそこに集っている人たちの中でも、そのことが「理解」できる人は、「言葉に拘らずに、宇津見さんの言ってることにも耳を傾けよう」とか、「ダブルスタンダードを使っているのはここの定連さんの方ではないのか」と指摘するが、逆ギレしている頭脳の不自由な方々は、無視である。
こういう状況を見ていると、宇津見さんを宇津見さんだから批判しようとしているように思えてならない。実際、彼らの書きこみ、殆どマトモな批判の体をなしていないのである。
もういい加減、こういう人たちに「情け」をかけることは、宇津見さんにとっても疲れるばかりだと思い、「ほっときましょうよ」と返事を書きこんだ。もっともその時点で宇津見さんもついに愛想をつかせてしまっていたが。
ここまでが2月12日の出来事。
しかし、事態はまだまだ収まらない。
翌13日以降も、宇津見さんをターゲットにした暴言の嵐は、当該掲示板に定連さんたちによって次々と書かれていく。しかもその中身はどんどん感情的かつ抽象化していくばかりだ。
宇津見さんのモノイイについて、
>「掲示板の基本的なルール『他人を不快にさせるような発言は控える』というルールはどうでもいいのでしょうか?」
などと言っている批判も、一見正論のようでいて、その実はただの難癖である。これは「不快にさせる」意図で文を書くなってことであって、受け取った方が勝手に「不快になる」のとは全然意味が違う。
宇津見さんが明らかに「不快にさせることを意図していた」と断定できる根拠がどこにあるか。所詮、これはこの人の主観を一歩も出ていない。仮に宇津見さんにそういう意図があったとしても、そのことを指摘すれば、今、論じようとしている内容から話は関係ない方向へ逸れてしまう。基本的に会話に不自由な人なのだ。
はっきり言って、宇津見さんの書きこみ程度で不快になるのは神経が病んでいる証拠である。
一番逆ギレして、支離滅裂な戯言を書きなぐっている人は(上記で私がまとめた会話のヌシでもある)、
>「『相手がルール違反だからと言ってわざわざ「それはルール違反です」と注意をするの「も」立派なルール違反だ!』です。」
と主張する。心の不自由な人を相手にすると、必ず返って来るセリフだ。
小学生がイタズラをして先生に叱られたときに、「なんだよう、先生だって昔はイタズラしてたんだろう、オレを叱る資格なんてないじゃんかよう」と言い返すアレと全く同じヘリクツである。
それにこの書き方だと、まず自分がルール違反をしていることも認める形になってしまうが。普通、そのことを自覚してれば、大人しくしてるものだけれど、恥という感覚自体、ないようである。
さすがにこれはヒド過ぎると、ほかの定連さんもガマンならなかったのだろう。
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02月16日(日)
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