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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■新聞がみんな同じに見えるのは気のせいですか(~_~;)/DVD『明智小五郎対怪人二十面相』/『D坂の殺人事件』(江戸川乱歩)
特典として、メイキングが紹介されてるんだけれど、キャストがこぞって田村正和の明智を誉めてるのは原作ファンとしてはガックリである。やっぱりかつての映画やテレビ、映像のイメージの方が強いんだねえ。田村正和、「『怪人二十面相』は読んだかもしれないけど覚えてない」とか言ってたぞ。こんなやつに明智をさせるなよ。
それはビートたけしも同様なんで、「話が来たとき、自分は明智じゃないな、と思った」と言ってるけど、原作の明智は、「好男子ではないが、どことなく愛嬌のある、そしてもっとも天才的な顔を想像するがよい。(中略)指でそのモジャモジャになっている髪の毛を、さらにモジャモジャにするためのように引っ掻き回すのが癖だ。服装などは一向構わぬ方らしく、いつも木綿の着物によれよれの兵児帯を締めている(『D坂の殺人事件』)」「非常に無口なくせに、いつもニヤニヤと微笑を浮かべている、えたいの知れない人物(『何者』)」なのである。
それは初期の明智だ、と指摘する向きもあろう、しかし、後年、小林少年以下、少年探偵団を率いて颯爽としているように「見える」明智に変貌してからも、実はその本質は変わっていない。服は洋装に変わるが、その着こなしは無造作なままだし、モジャモジャ髪もニヤニヤ笑顔も変わっていないのだ。
なにより彼は、怪人二十面相との対決を心から楽しんでいる。彼は推理ゲームが楽しめればそれでいいディレッタントなのであり、世間並の正義感で動く人間ではないのだ。彼は大人にはなれない。彼は社会に認知された犯罪者であり、永遠の子供なのである。
となれば、田村正和とビートたけしのどちらが明智にふさわしいか、自ずと答えが出ようというものだ。……まあ、二十面相ももう一人の明智だから、ビートたけしが演じて構わないんだけど、やっぱり田村正和だけはなんとかして欲しかったなあ。まんま時代劇のキャラのままで演じてるんだから、歴代の明智の中でも最悪の一人だよ、これ。
口直しに原作の『D坂の殺人事件』以下、乱歩の原作を読み返す。
初期短編はまさしくあの松本清張をして「天才」と言わしめた珠玉の名編ぞろいである。幻想文学者としての乱歩を評価する人にとっては、これが乱歩の本質かどうか、異論を唱えたくもなろうが、乱歩は終生乱歩であったことが理知的な小説の中にもちゃんと見て取れる。乱歩作品を、これは本格、これは幻想、これは少年物、これはファルス、とか、単純化されたカテゴリーの中に入れて考えると、大事なもの見落としちゃうよ。
今、一番手に入りやすいのは創元推理文庫版の『乱歩』シリーズだろうが、これは先に『日本探偵小説全集』の『江戸川乱歩集』に含まれた短編は含まれていないので、明智デビュー編の『D坂の殺人事件』と『心理試験』の前後編がバラバラに収録されている。なんでこんな雑な編集したかな、戸川安宣。
これから乱歩の小説に触れようという方は、新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』一冊本が手ごろだろう。興味が湧けば、創元なり春陽文庫なりに移って頂ければいい。残念ながら講談社の江戸川乱歩全集は絶版だし、角川文庫もかつてほどのラインナップではなくなっている。これらで読みたければ、古本屋を博捜して頂くしかない。
ついでと言っちゃなんだが、エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人事件』も読み返してみる。
けれど岩波文庫の『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五編』の中野好夫の訳、ほとんど英単語を日本語に引き移しただけの素人訳で、文脈というものがなく、日本語として意味の通じるものになっていない。だいたいこの人、解説でも堂々と書いてるけど、ポーが推理小説の鼻祖であることもよく認識出来ていないのだ。名ばかり有名だけど、中野好夫ってただのバカだから信用しちゃいかんよ。
まだ、新潮文庫の佐々木直次郎の方が読みやすい。けれどこういう流布版の本では、できるだけ訳には慎重になってほしいものだね。
体調、夕方くらいからまたまた悪化。薬も尽きた。いったい私はどうなるの。(2003.3.5)
02月06日(木)
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