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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ある「B級」監督の死/『風雲児たち ワイド版』9巻(みなもと太郎)/『復活! 大人まんが』(夏目房之介・呉智英編)ほか
 みなもとさんのスゴイところは、これらのキャラクターにたびたびギャグをやらせてフィクションに見せかけていながら、実は、要所要所でちゃんと歴史的事実を踏まえているところである。
 今巻でも、林子平が高山彦九郎について、「この男は泣くよりほかに何の脳みそもないっ」とバカにしてるセリフ、いかにもマンガチックなんだけれど、これがホントに林子平が語ったコトバなんである。「寛政三奇人」とひとくくりにされちゃいるが、勤皇思想に凝り固まった高山彦九郎と、世界の情勢を客観的な理性で見通していた林子平とでは、まさしくその脳みそに天と地ほどの差がある。それをマンガのキャラとして描き分けているみなもとさんの力量、もっともっと評価されていいと思うのだがなあ。


 マンガ、夏目房之介・呉智英編『夏目&呉の復活! 大人まんが』(実業之日本社・1575円)。
 「大人マンガ」と「成人コミック」は全く違うものである。
 ……ということも、説明しなきゃ分らない人が圧倒的に増えちゃったんだよなあ。実際、「大人まんが」という響きから真っ先に連想されるのは、私より上の世代なら『漫画讀本』あたりなんだろうけれども、30代より下の人なら、「それナニ?」って言いそうだ。
 呉さんは「大人まんが」を「成熟した笑い」「子供には分らない深みのある笑い」と評しているが、実際、ホントに今時の「子供(必ずしも成人が「大人」とは限らない)」は、それがどういうものか全くピンと来ないし、存在自体を知らない人も多い。
 東海林さだお、加藤芳郎、谷岡ヤスジ、黒鉄ヒロシ、岩本久則(ちゃんと「キューソク」と読もう)、園山俊二、馬場のぼる、滝田ゆう、久里洋二、古川タク、砂川しげひさ、二階堂正宏、杉浦茂、タイガー立石、秋竜山、矢玉四郎、長新太、横山隆一、杉浦幸雄、佐川美代太郎、高新太郎、みなもと太郎、永井豪……。さて、アナタは彼らの大人マンガをどれだけ読んだことがありますかな? 「『ギャートルズ』をアニメで見てた」、なんてのはダメですよ。

 一作だけ、その内容を紹介しよう。
 東海林さだおの『緑の水平線』である。

 夫が庭で、木舟を作っている。
 妻がそれを見て、「ボートなんて作ってどうすんだよ、このバカ」と悪態を吐く。
 夫はただ黙々と木舟を作り続ける。
 そして、完成した木舟を持って、はるか沖へと向かって行く。
 妻はそのときになって初めて慌てふためき、夫に追いすがる。
 警察を呼び、仲人を呼び、夫を止めようとする。
 しかし夫は言う。「しかたないんだよ」
 夫は沖に出る。
 カモメが飛んでいる。
 空が青い。
 夫の舟は、海に沈む。
 波紋だけが、そこに残っている。

 どうだろう、この「味わい」は? 作品自体についての解説はもうしたくないので、ぜひとも現物に当たっていただきたい。

 これら「大人まんが」の特徴はなんなのか。
 確かに、少年マンガにも青年コミックにもない「味わい」があるのはその通りなのだが、それはいったいどのように発酵し、芳醇な香りを生み出すまでに至ったのか。
 夏目さんも呉さんも、作品の紹介はしていても、そういった歴史的な流れについては触れていないので、その点についてだけ、ちょっと注釈を付け加えてみたい。
 ここで紹介されている作品は、もともと海外の作家たち、チャールズ・アダムス(あの『アダムス・ファミリー』ですな)やペイネ、コービン、トポール、サンペ、シャバル他、ナンセンスマンガの系譜の上に生まれてきたものばかりなのである。『漫画讀本』は、創刊時からこういった海外作家たちの作品を次々に掲載していた。その影響のもとに日本のナンセンスマンガ家たちが育っていったのだ。
 例えば、本書では紹介されてないが(版権の関係だろう)、あの長谷川町子だって、「大人まんが」の代表選手である。

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01月14日(火)
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