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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■変なビデオは買いません/映画『仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL』ほか
 加藤夏希の話ばかりしてても仕方ないので(ホントはまだ言い足りないが)、全体の流れを見ると、やはり脚本の力不足が目立つ。
 テレビシリーズで「謎」だった設定は一応「説明」されてるんだけれど、さて、それで納得した観客がどれだけいるものか。
 全ての始まりは優衣の妄想からだったってのは、SFの定番だし、脚本の好みでもあるんだろうから、あまり突っ込んでもなあ、とは思うが、それにしても整合性を著しく欠いているというのは問題だろう。
 鏡の中のもう一人の優衣が、現実の優衣から命を奪い、20歳の期限付きで与える、という設定は、一つの寓意と取ってもいい。結局優衣は、自分の孤独が生み出した妄想に自ら命を食われることになるのだ。
 しかし、そうなると、鏡の中のもう一人の城戸真司(須賀貴匡二役)である仮面ライダーリュウガの目的はなにか? 彼がいつの時点で生まれたか、というのはやはり幼少時、実は優衣とも鏡の中の優衣とも出会っていたとき、と考えるのが妥当だろう。真司こそが、選ばれるべくして選ばれた仮面ライダーであったのだ。……って、『キャンディ・キャンディ』のアンソニーじゃん(^_^;)。
 彼もまた優衣の妄想が作り出したものであるなら、望むものは鏡の中の優衣同様、現実の優衣の死であるはずだ。だとしたら、そのアナザー真司に「最強のライダー・リュウガ」のカードディスクを与えた、優衣の兄、士郎(菊地謙三郎)の「現実の優衣を生かすために」と矛盾する。それとも士郎は、最強のライダーをもコントロールできる自信があったのだろうか。
 結局、現実の優衣は、ライダーたちの命が奪われ、街の人々がモンスターに襲われ、その命で自分を永らえるよりは、と、自ら死を選ぶ。
 ……あのー、妄想作った本人が死んだのに、まだモンスターたくさん出て来てるんですけど。ライダーたちもちゃんと変身できるんですけど。それとも、「人は死んでも魂は残る」ってことなんでしょうか。もしかして今回の『龍騎』って、トンデモ映画?(^o^)
 そう言えば、脚本の井上敏樹、『うる星やつら4 ラム・ザ・フォーエバー』でも夢から覚めても「夢のカケラが現実に残る」って脚本書いてたなあ。20年前からから一歩も進歩してねえのか(-_-;)。一般常識では納得しにくい設定作るんだったら、それを観客に納得させるための「映像」(「説明」ではない)が必要になるんだけれど、その作り方がよく判ってないんじゃないか。
 ラストに残ったのはやっぱり真司と蓮(松田悟志)。もはや戦う意味すらなくなったし、生き残った者の望みをかなえさせるはずだった士郎も消えたのに、蓮がどうして真司に戦いを求めるのか意味不明。で、オチはやっぱり『明日に向かって撃て!』だしさあ。これが井上敏樹の才能の限界、ということなのかねえ。

 チョイ役でゲスト出演で、沢向要士・蛭子能収・ベンガル、更には『仮面ライダーアギト』から賀集利樹・要潤・友井雄亮・秋山莉奈・藤田瞳子・山崎潤・柴田明良も。これもゲスト出演としての使い方がヘタ。一応の役がらが与えられてる沢向・蛭子・友井の三人はともかく、あとはみんなほとんどワンカットのみの顔見せで、ドラマの流れをかえって阻害してる。チョイ役なのにベンガルをアップで撮ったりしたら、なにか重要な役なのかと勘違いするじゃんか。
 全く、このスタッフ、平成『ゴジラ』シリーズのチョイ役出演がどれだけ評判悪かったかわかってないのか(斉藤由貴とかデーモン小暮とかな)。

 鏡の中に少女のころの優衣(この子がごっつかわいいんだけど、パンフにキャスト名が載ってない。誰か知らない?)が映るシーンなど、結構怖いシーンも多かったので、しげが怯える。
 見終わって「なんで『仮面ライダー』で怖いんだよ!」と怒ってるが、もともと初期の『ライダー』って、恐怖ドラマの要素って強かったんだけどな。しげもあのラストには納得してないらしく、「二人が生き残って戦って、そのあとどうなるの。それ見せなきゃ意味ないじゃん!」と憤慨。もちろん描かれちゃいないが、圧倒的なモンスターの前に、二人のライダーは死ぬのである。だから二人の対決は描く必要なし。『明日へ向かって撃て!』も、テレビアニメ版『デビルマン』も実はそういうオチなのだね。

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09月22日(日)
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