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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■イナジュンはいいねえ〜♪/DVD『カタクリ家の幸福』/『雨柳堂夢咄』其ノ九(波津彬子)/『ガンダムエース』9月号ほか
 だから、もともと「SFを語るのに、例としてわかりやすいロボットアニメを挙げた」こと自体に、誤解が生じた原因があったのだ。自分がSFでないと考えているものを例にとって、SFを語っちゃいかんですよ。そんなの、「『おそ松くん』はSFではない」と言ってるのと同じだってば。……『天才バカボン』はSFかもしれんが(^o^)。
 SFの特徴を語りたいなら、『クラッシャージョウ』と『2001年宇宙の旅』は同じSFでもどう違うかって語ってくれたほうが分かりやすかったと思うけどね。
 もっとも、一応、それに近いことを語っている箇所がこの対談中にもありはする。
 
 高千穂「ハードSFっていうのは制約を極限にまで高めた特殊なSF。それ以外に、プロパーと呼ばれる本格SFや、うんと端っこに位置しているスペースオペラなんかがある。(中略)スペ・オペをやる人は最初から理論抜きで反重力もワープ航法も出しちゃう。」
 安彦「例えば『クラッシャージョウ』でいえばテラフォーミング的な事ができるとかさ。」
 高千穂「テラフォーミングやる時は、担当するチームが全部集まって各パートを受け持ち、何年もかけて作業を行う。そういう設定が作ってある。でも、これをわざわざ表に書く事はしない。スペースオペラですから。」

 うーん、まだ説明不足だし、じゃあ、『ガンダム』は結局どこに入るのか、語ってないものな。
 そりゃ私だって、『ガンダム』がハードSFであるとは思わない。誤解のないように、ハードSFとしての面白さを持った作品ではない、と言ったほうがいいか。それは、オープニングの宇宙空間で整然と並んでる戦艦やザクを見た時点で、SFセンスよりも映像的快感を優先しているなとわかる。もちろん、それで『ガンダム』の評価が悪くなるわけではないのだ。そして広義のSFには『ガンダム』は充分値すると思うのである。
 高千穂さんが「巨大ロボットが出て来た時点でSFとしてダメ」と断定するのはSFの範囲をあまりに狭く取り過ぎてると思う。必然性がないってことなんだろうけれど、ちゃんと「ミノフスキー粒子」って設定があるじゃん。っつーか、どうも高千穂さん、ミノフスキー粒子が何か知らないで語ってる気がするんだよね。『宇宙の戦士』のパワードスーツを評価している高千穂さんが、どうしてモビル・スーツを評価できないのか、設定知ってりゃ評価したってよさそうなもんだけれども。
 もっとも、そのミノフスキー粒子の設定が本編中でまともに語られたことがなかったせいで、高千穂さんがあれを「ただの巨大ロボットアニメ」と認識した可能性はあるな。私だって、『ガンダム大辞典』で初めて知ったし。
 こうなると、高千穂さんには「『エヴァンゲリオン』はSFですか?」と聞いてみたくなるなあ。単に使徒と戦うためだけと考えたなら、エヴァみたいなモノに乗り込む必然性はないけれど、そこに代理戦争の変形モチーフを持ちこんだSF設定があるんだからね。それまで否定したら、藤子・F・不二雄の『ひとりぼっちの宇宙戦争』も永井豪の『真夜中の戦士』も石ノ森章太郎の『四次元半襖の下張りサイボーグ戦士(ウォーリア)』もSFじゃなくなるぞ。そこまでの暴論を高千穂さんは吐けるかなあ。

07月27日(土)
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