ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491718hit]
■本当にあった怖くない話/『くっすん大黒』(町田康)/DVD『ミニパト』ほか
押井さん、一応スタッフロールは脚本及び音響プロデュースのみの担当になっているけれど、メイキングを見る限り、このパタパタアニメの手法のアイデアと言い、主題歌を『迷宮物件FILE538』『御先祖様万々歳!』の児島由美さんに頼んでいることと言い、本作の押井色は相当強い(ついでだけど、この児島由美さん、あの『ひらけポンキッキ!』の名曲『ほえろ!マンモスくん』を作った人だ。私はこの人と谷山浩子が組んで作った『ネコじゃないモン!』のLPを持っているぞ。これは名曲揃いだからぜひCDで復刻してほしい)。
実際の監督は神山健治さんなのだが、カワイソウなくらいに影が薄い。DVDのパンフのとり・みきさんのマンガに「たくもー1人で全部やったよーなことばかりしゃべってあの人は」とニコニコしながら愚痴っている神山さんが描かれているが、「あの人」が誰を指すかは言わずもがなだろう。実際、CMのキャッチコピーも全部「押井守最新作」で、どうしてもそのように見てしまうのは如何ともしがたい。『ミニパト』は押井守の呪縛の上に成り立っているアニメなのだ。
いったい、映画における脚本の位置は奈辺にあるか。
映画構成の要であることに間違いはないが、ともすれば演出と役者がもとの脚本を原形を留めぬまでに改竄を加えることは珍しいことではない。脚本はあくまで映画の叩き台であり、最終的に映画の完成の決定権を持つのは監督(欧米じゃプロデューサーの場合が多いみたいね)というのが通り相場である。
しかし、中にはそう簡単にいかない場合もある。脚本が演出をも縛る、というか、既に脚本段階で演出が施されていて、下手に演出家が自らのささやかな個性とやらを主張しようとしてイジろうものなら、どうしようもないことになりかねない、そういう脚本もあるのである。
……的確な表現とは言いがたいが、“巨匠”と呼ばれる方々の脚本はそうですね。アナタが映画監督だとして、『七人の侍』や『2001年宇宙の旅』のシナリオを「改稿」して再映画化する自信あります? 私はありますが(←すげえ思い上がり)。
押井守もいつのまにか巨匠になってしまった(西尾鉄也さんは「アニメ界の尊師」と呼んでいるが)。『パト』映画版のころはまだそんな呼ばれ方してなかったと思うんで、やっぱ、『攻殻機動隊』がアメリカでビデオ売り上げ1位取ったのがきっかけだろうか。おかげで『うる星やつら』テレビシリーズのころのすちゃらかギャグ作品のファンだったこちらの身にしたならば、新作が作られるたびに毎回毎回「ここはどこ私は誰」テーマが繰り返されることに、それ自体が押井さんの悪い冗談ではないかと勘繰りつつ、何か物足りないものを感じないではいられなかった。
本作は神山演出によって毒が随分薄められてはいるが、紛れもなくルサンチマンに満ちた押井作品である。銃の乱射、HOSの暴走、後藤隊長の不気味な笑みで幕を閉じる各話のラストに、ようやく懐かしさを感じた押井ファンも多かろう。
さあ、果たしてこれがホントにホント、パトシリーズの最終作になるのか。
押井さん、パンフではそう書いてるけど、コメンタリーでは千葉さんも神山監督も「ネタはいくらでもあるって言ってる」と暴露してるぞ。ちょっとくらいは期待したいなあ。
やっぱりパトシリーズは押井監督でないとね。
マンガ、『パタリロ!』74巻(白泉社/花とゆめコミックス・410円)。
猫間天狗にサンダース部長が復活。使い勝手が悪くなると主要キャラでも出番がなくなる魔夜マンガにあって、これはなんと珍しいこと。
こうなるとプラズマXとか警察署長も復活してほしいなあ。タランテラやピョートル大帝は、作者がもうどう展開させたらいいかわからなくなって、そのままほったらかしちゃったらしいけど。
07月25日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る