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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■能古島紀行/『ワイド版 風雲児たち』1・2巻(みなもと太郎)
 一般的にはルース・ベネディクトの『菊と刀』や、アレックス・ヘイリー『ルーツ』の出版で有名だったのだろうが、私にとっては何と言っても戦前の探偵小説家たちの選集を出版してくれていたありがたいところである。昭和50年代の横溝正史ブームで、あちらこちらで探偵小説の文庫化が行われたが、数年経つと軒並み絶版になってしまった。
 そんな中、現代教養文庫だけが小栗虫太郎、夢野久作、久生十蘭、牧逸馬らの探偵作家たちをずっとフィーチャーしてくれていた。夢野久作の『ドグラ・マグラ』はまだ角川文庫で読めるが、小栗の『黒死館殺人事件』も、久生十蘭の『魔都』も、牧逸馬の『浴槽の花嫁』も、もう今じゃなきゃ手に入らなくなるぞ。探偵小説ファンでまだそこまで手を伸ばしてないってやつは、今すぐ本屋に急げ(でもできるだけ大きなとこじゃないと置いてないからね)。
 あっ、江戸川乱歩の『探偵小説の謎』も教養文庫だ。乱歩が評論家としての力量も第1級であったことを証明する一冊。これを読んでなきゃそれこそモグリってなもんだ。新版が出て数年しか経ってないから、探せば絶対売れ残りがあるぞ。紀伊國屋でも三省堂でもジュンク堂でもBOOKOFFでもいいから走り回るのだ。そして君も探偵小説のロマンに浸りたまえ。


 マンガ、みなもと太郎『ワイド版 風雲児たち』1・2巻(リイド社/SPコミックス・各680円)。
 全巻持ってるのに持ってるのに、またどうして買わなきゃならんかねならんかね。来月から新シリーズ『幕末編』が発行されるのに合わせて、旧版を再刊してるわけなんだが、一応、ギャグ注を現代に合わせて改訂、更にタイトル字を平田弘史に依頼するなど、買い直しの読者のためのサービスも付けちゃいる。けど旧版を半年に一回、ホントに1巻1巻待ち望んでは買っていたこの身にしてみれば、やっぱりちょっとだけ、もったいなく感じちゃうのである。

 思えば最初にこのマンガに出会ったのは、もう20年以上も前、どこぞの定食屋でふと手にした『少年ワールド』(合掌。掲載誌は後に『コミックトム』に移る)で、この第1巻の第5章、関ヶ原の合戦における薩摩藩の「敵軍正面への退却」を描いたシーンを目にしたときであった。
 驚いた。
 歴史の専門家なら多分周知のことなのだろう、しかし私には全くの初耳であった。関ヶ原の合戦についてなら、映画やドラマで見、本も多少は読んでいたが、このような無謀な激戦を薩摩藩がやっていたとは。
 ……と言ってもそんなバカな抗戦をせねばならなかったのには薩摩自身に原因がある。関ヶ原に参戦したはいいが、ほとんど戦う間もなく西軍が破れ、気がついたら東軍全てに包囲されていたというのである。激戦の末、千六百の兵は六十名足らずに。確かにその結果は悲惨だけれど、冷静に考えれば自業自得だし、アホ以外のなにものでもないが、アホほど負けた恨みは深い。
 この薩摩のアホウはこの時の恨みを、260年以上にも渡り、東軍の総大将たる徳川家に対して持ち続けことになるのだる。
 おなじく「何のために関ヶ原に参戦したか分らない」ままに敗走した藩があと二つ。長州と土佐。みなもと氏は、何と、明治維新はこの三藩の関ヶ原の逆恨みから発したと書くのだ。
 驚いたのだ。
 それまで私の知っていたたいていの幕末ドラマは、明治維新の原因は、徳川幕藩体制の疲弊と、諸外国の外圧によって、新体制を作る必要に迫られていたためと説かれていた。それが王政復古と藩閥政治という革命とは程遠い形式になってしまったのがなぜなのか、歴史書や教師の説明は今一つ明確でなく、妙な歴史の歪みを感じていたのだが、みなもと氏の説明ならば実に納得が行く。
 明治の日本は、心の底から開国、文明開化を望んでなどはいなかったのだ。
 戦国の世は決して終わってはいなかった。薩長土佐の人々のメンタリティは、四百年前からストップしたままだった。彼らの復讐心が倒幕の最も中心のエネルギーであったのだ。


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06月29日(土)
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