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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■野良犬は革命ごっこの夢を見るか/映画『血とバラ』
いや、尾崎の音楽や押井の映画を全否定しようとは思わない。そういう音楽や映画が必要な時期は誰しもあるし、そういうものに傾倒する人は人一倍感受性の強い人だというのも理解できる。しかし、周囲に迷惑をかけることによってのみ自己をアピールし、しかもそのダメさ加減を『確信犯』と言い繕うことでなにか弁明した気になっている。そういうメンタリティを僕は共有できない。要するにそのあたりで僕は『押井信者』になりそこなっているのだろう。」
押井守が死んでも、葬式に長蛇の列はできんと思うが(^o^)。
「中間管理職」ってのがつまりは「犬」ってことなんだろうけれど、さて、押井さんは「犬」であることにウラミを持っているのかな。押井作品の大半が「革命の挫折」から物語は始まっているので、「革命」自体がまさしく「ロマン」というか「幻想」に過ぎなくて、そんなものじゃウサバラシにもならないってことを描いてるのが、押井作品だと思うけどな。
『紅い眼鏡』でも、繰り返される百々目紅一の「帰還ごっこ」に対して、「全くいつまでこんなことが続くんだ」と室戸文明に言わせてるし、『人狼』でも革命家の「赤ずきん」は二人とも狼に食われるし、「革命ごっこ」してる連中への「制裁」は厳しい。
もちろん、イマドキ「革命」を描こうとしている作家活動自体、押井さんの心の隅のどこかに、チラリと「この平和ボケの日本で革命が成功したらいいな」という「甘え」があることは事実だろうけれど、形の上で一応は否定しているものを「実はホントは革命好きなんだよな、押井さん」と言っちゃうのはどうか。
それに「心の隅」ということで指摘するなら、「犬でいいじゃん、革命なんかしなくっても」って相反する思いも押井さんの中には確実にあるんで(っつーかそのアンビバレンツが押井作品のモチベーションになっている)、そちらの方を無視して、一方だけを掬い上げるのは、批評としてはどうだろうか。
そんな中途半端な批判のしかたが成り立つなら、「岡田さん、ホントはあなた、押井さんが羨ましいだけなんでしょ」ってのも批評としてアリになっちゃうけど。
「周囲に迷惑をかけることによってのみ自己をアピール」というのも、果たして本当に「迷惑」かけてるのはどっちなんだってことを考察しないと、意味ないと思うけどね。既成の概念に疑義を差し挟む(あるいはひっくり返す)のがSFの普通の手法なんだし。
>「じぶんなりにまとめると、押井監督はアニメ監督としてはベスト3とは言えないだろうが、充分ベスト5に入る、と思う。りんたろうより上だけど、富野カントクより下、というあたりだろうか。」
押井さんはアニメより演劇やったほうがいいよな、とは私も思う。
けれど「オウム真理教は自分が生み出した」と責任感じてる人よりも下かねえ。
いや、作品と作者の信条は別、とご批判される向きもあろうが、『ブレンパワード』みたいなノーテンキ「話しあいましょう」アニメを誉めるくらいなら、私ゃ押井アニメの方をずっと見たいぞ。まあトミノさんが壊れてく様子を追っかけるのはそれはそれで楽しいけれども。『∀ガンダム』、途中までしかまだ見てなかったなあ。DVDは全巻揃えてるのに。
>「ああ、こんな金にもならない原稿を延々と書けるなんて、本当に鬱が治ったんだなぁ。」
そう言えば個人のHPって、みんなホントにカネにならないのに気を入れて書いてるよなあ。
私もこれだけ書き続けてる以上、口が裂けても自分が「鬱」だとは言えない。時々言ってるけど(^_^;)。
録画ビデオで映画『血とバラ』(1960・仏=伊合作)。
言わずと知れたジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュのゴシックホラー『吸血鬼カーミラ』のロジェ・ヴァディム監督による映画化である。
ゴメン、こんな有名な映画、今まで未見でした(^_^;)。小説の方も実は子供のころにダイジェスト版でしか読んだことない。あとは『ガラスの仮面』の劇中劇か? 姫川亜弓がカーミラだったねえ(鴻上尚史はこの乙部のりえがとっちめられるエピソードが大好きらしい)。
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06月07日(金)
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