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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■オトナ帝国、四たび/『寄生人』(つゆき・サブロー)ほか
 水木しげるの『妖奇伝』(鬼太郎シリーズの第一作)を描き写し、コマを入れ替えて再構成し、セリフを全部変えて別のストーリーをでっち上げたと言う、まるで日本映画『国際警察・鍵の鍵』をウッディ・アレンが勝手に作り替えた『What's up,Tiger Lily?』みたいな作品なんである(見てないけどさ、この映画)。しかし、ウディ・アレンのこの監督デビュー作が1966年であるのに対し、『寄生人』は1961年。
 アイデアとしてはつゆきさんの方が先だ。……って盗作に先んじてたって仕方ないか(^_^;)。つーか、貸本マンガ以前は、「盗作」って概念自体か希薄だったんだろう。
 いくら友人だからって、限度があるんじゃないかって気がするが、どうも水木さんのおおらかな性格がそれを許しちゃったようなのである。なんたって、表紙を頼まれて描いてるのが当の盗作もとの水木さんなんだから。
 つゆきさんの絵の腕はお世辞にもウマイとは言えない。模写したんならそれなりにウマクてもよさそうなものなのに、デッサン狂いまくりでとことんヘタだ。シワだらけの婆さんの絵なんか、コマによってはシワと目の区別さえつかない。こまどり姉妹とザ・ピーナッツの模写に至っては、写真を紙の下に布いて透かして描いたんじゃないかって言いたくなるくらいだ。
 なのに、このマンガには“微妙に”ウマイキャラが存在する。
 女の子の絵だ。
 特に『ミイラ島』の少女、ルミちゃんの水に塗れたシュミーズ姿。……そそるよ、これ(*−−*)。
 作者の気の入れ方が違うのが眼に見えて分るのだ。それもそのはず、貸本マンガの鬼才・露木三郎(こちらが本名)であり、稀代のフィルムコレクターである杉本五郎でもある氏は、日本のルイス・キャロル、少女愛好家でもあったからだ。
 この本には昭和30年代に氏が撮った少女たちのヌード写真も多数収められているが、かなり大胆なポーズも撮らせている。よほど少女との間に信頼関係がなければこうは撮れまいと思われる。
 少女に操を立てて生涯童貞。変態と蔑むのは簡単だが、変態でない人間なんていないのだ。いいじゃん、変態でも本人たちが納得してれば。

 で、蛇足のウンチク。
 解説にはさんざん、つゆき氏は水木しげるの鬼太郎シリーズ「霧の中のジョニー」(後に『吸血鬼エリート』として改作)と書かれてあるが、水木さんは更にもう一度本作をリメイクしている。児童書『吸血鬼チャランポラン(水木しげるのおばけ学校D)』(ポプラ社)である。出版は1984年のことで、もう二十年以上、水木さんとつゆきさんとは会わずに過ごしている。
 ふと、水木さんはつゆきさんに会いたくなったのではないか。「エリート」が「チャランポラン」に。随分零落したものだが、鷹揚な人柄だったらしいつゆきさんと疎遠になってしまった(故意にではなく偶然だろうが)ことに対する、水木さんなりの逆説的な愛情表現だったのではないか。
 そして2年後、水木さんとつゆきさんは「水木プロ創立20周年パーティー」で再会を果たす。しかし、そのころ既につゆきさんの体は病魔に犯されていた。
 87年、再生不良性貧血で死去。
 水木さんが『東西奇ッ怪紳士録』につゆきさんを登場させるのは、10年後の1997年のことである。

04月12日(金)
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