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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■イベント近し、ネタは無し/『これで古典がよくわかる』(橋本治)/『だめんず・うぉ〜か〜』2巻(倉田真由美)ほか
この日記を読んでくれてる人のなかには、「古典に遠い」人も結構いると思いますが、「じゃあ一つ、『源氏物語』でも読んでみようかな」って人はいますかね?
古典を理解する方法って、橋本さんもこの本の中で言ってるけど、「暗記して慣れろ」。これしかないんだよね。外国語を学ぶのと同じ。文法なんか実はどうでもいいんで、そんな「本文理解」には対して意味のないことを学校では一所懸命覚えさせようとするから、古典がどんどんわかんなくなる。
「いづれの御時にか、女御更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」
『源氏物語』の冒頭で、人によっては何十回読んだってわかんね〜、と言うかも知れないけれど、他の部分もともかく読んでいくうちに、言葉と言葉の連関性が見えてくるようになるのね。
例えばこの中にある「やむごとなき」って言葉が、ある一部の人々の形容詞としてしか使われてない、と気付けば、これが「気高くて近寄りがたくて、そのお方のご威光が子々孫々まで伝えられそうなくらいウットリさせられる」って意味だって気付いてくるのよ。
ここまで詳しい訳は、辞書にもそうそう載ってないが、間違いじゃありません。「あてなり」って言葉にも「高貴だ」って意味はあるけど、明らかに「やむことなし」とは意味合いが違うもの。「止む・こと・なし」でしょ? 何が「止まることがないのか」って考えれば、その意味は辞書なんか引かなくても見えてくるよ。
古典の楽しさってのは、こんなふうに「自分で語釈できる」ってとこにあるんだから。
でも実はその楽しさって、ムチャクチャ苦労がいるのね。
つまり、本来、『ターヘル・アナトミア』を前野良沢たちが訳したのと同じくらいの苦しさを必要とするわけで、これだけ情報が氾濫してて、他にも身につけなければならない教養がゴマンとあるのだ、とみんながてんでに思いこんでいる中で、そんなことに時間を割ける人間がどれだけいるかって。
古典なんか知らなくても生きて行ける現状の中で、あえて古典を読む人間なんて、「苦労してでも古典が好き」って人しかいるわけないじゃん。
まあ、古典を身近なものにしようと思ったら、あれだね、文書を書くときには言文一致をやめて全て旧かな遣い、及び古語で書くようにする、とかでもしない限り、ムリな話だね。そうすりゃ、みんな「必要なこと」だから、必死で古語を覚えようとする。
……マンガのセリフが全部古語になったら面白い気もするが、それじゃ、全員が『キテレツ大百科』のコロ助になっちまうな(^^)。
マンガ、倉田真由美『だめんず・うぉ〜か〜』2巻(扶桑社・900円)。
あらら、くらたまさん、離婚されてしまったようだね。
ホームページのマンガには、「旦那さんの匂いを嗅ぐのが好き」とか「どんなにだめんずを渡り歩いても最後にいい男ゲットしたら勝ち」とか描いてたけれど、やっぱり旦那さんも「だめんず」だったってことなのかな。
どういうわけだか「才能がないマンガ家」と叩かれることの多いくらたまさんだが、絵が下手だとか、取材の切り口が甘いだとか、その程度のことで叩かれるってのがちょいと解せない。
結局それは表向きのことであって、実のところ「くらたま本人の性格がキライ」「なのに売れてるからもっとキライ」って、やっかみじゃないかな。
何だか、小林よしのりが昔『ゴー宣』で、さくらももこの『いきもの図鑑』について、「あんな足で書きなぐったみたいなの」とかなんとか批判してたのと意識構造は似てる気がするなあ。
ちょっとこれは、一部の女性には嫌われる言い方になるかもしれないけれど、ダメな男が選ぶ女ってのは、やっぱりダメな女なんだよね(^_^;)。
完全にイイ男、なんてのはいないわけだから、私の「ダメな男」パーツの脳細胞でもって言えばね、「はたらかないで女に貢がせたい」って願望はどの男にもあるんですよ。
じゃあ、どんな女ならイイかっていうと、「乱暴しても良心の呵責を感じないでいられる女」、つまりは「バカ」な女ってことになるのね。
で、この「バカ女」の幅って、実はすごく広い。
「生意気な女」
「男に媚びる女」
「嫉妬深い女」
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12月26日(水)
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