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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■新番……第何弾だよ/『星のカービィ』第1回/『ヒカルの碁』(ほったゆみ・小畑健)14巻ほか
 葬式だの法事などが下らないと思うのは、生きている人間たちの思惑がまるでまとまらないというアホらしい事態に落ち入ってしまうことがしばしばなので(映画の『お葬式』以上のトラブルが現実に起こりまくる)、そこに私がまた何か言い出せば、ますます混乱を呼ぶばかりだ。
 けど、一番苦労させられるのは、母のあとを継いで店を切り盛りしている姉なのである。父の話によると、今度の法事、参席を一番いやがったのは姉だそうだ。
 そりゃそうだろう。面倒臭いのでいちいち書いてないが、姉と呼んではいても私と血のつながりはないのだ。血縁でもない者が母の跡継ぎだということで白眼視するクサレ外道がウチの親戚にはゴマンといるのだ。父も私も納得している(どころかぜひ跡を継いでほしいと頼んでいる)ことだというのに。
 父は「十三回忌はお前に任せた」と言ってるが、私ゃ客は一切呼ぶ気はない。「宗教は嫌いだ」と私がしょっちゅう言ってるのを、どこまで本気で聞いてるのか。こっちがいくら言ったって、暖簾に腕押しなのだ。
 いい加減マジで打ち合わせしてもらわないと、困るんだけどな。だいたい、親父の葬式だって、こっちは出す気がないんだから。


 マンガ、西岸良平『ヒッパルコスの海』(双葉社・300円)。
 月の土地を買った男のところに(そういうジョーク企画が、昔本当にあった)、宇宙人が売買契約にやってくる、というネタは、藤子・F・不二雄のマンガにもあったネタだけど、もしかして、ほかにも思いついた人がいるかもしれないなあ。いちばん最初に書いたのはだれだろう? 小説にもあるかもしれないから、そういうのを全部比較対象してみると面白いかもしれない。
 藤子マンガでは首尾よく大金を手にした主人公だが、西岸さんのこのマンガでは、主人公はやはり貧乏生活に舞い戻ってしまう。
 昭和30年代に強い郷愁を覚える西岸さんと、過去を冷ややかに見つめる藤子さんの資質の違いであろうが、どちらが上かってのは決められるものではない。ただ、どちらも背景にある「貧乏」のリアリティは相当なもので、イマドキの批評家が西岸さんの作品を「ほのぼのマンガ」でくくっちゃうのはやはり見る眼がないってことになると思うのである。
 

 マンガ、ほったゆみ原作・小畑健作画『ヒカルの碁』14巻(集英社・410円)。
 佐為と塔矢名人の対決、完結編。
 連載中に読んでいた『ヒカルの碁』白眉のシーンが連続するが、ラストで消え行こうとする佐為が「神のさだめたこの運命にはあらがえないのか!?」
 と語っているのを見逃していた。
 これを「佐為復活」の伏線と見るのは穿ち過ぎかなあ、とも思うが、一回完全に消えちゃった以上、そのままの復活は絶対に無理だと思うのである。
 ありえるのは「転生」ってヤツだけど、そうなると以前、ネットにニセモノの「SAI」がいたのが気になる。アレが実は時空を越えて転生していたホンモノの佐為だったりして(過去の記憶をなくしていたので、囲碁はまだ弱かったのである)。
 ……マンガと関係ないがオマケマンガ「ネームの日々」36、ジャンプの編集部は「非通知」で電話していることが判明。
 あそこの編集者に社会的常識がないってのが如実にわかるエピソードですねえ。「ジャンプの編集部員です」ってウソ電話をかけるイタズラ者が出たら、どうやって区別つけるのよ。こういうバカどもにせっかくのマンガ連載が引っ掻き回されてるってこと、読者はもっと怒っていいと思うんだが。

10月06日(土)
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