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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■来年の『ゴジラ』はあるのか/『アニメージュ』『ニュータイプ』3月号
 ゴジラに神だか自然の脅威だか核の恐怖だか帝国主義だか、何の象徴を見出すも自由だが、そこに映像としてのインパクトを持たせようと思うなら、「無作為に」、「無辜の人」が死ぬ様子をきちんと描かなければ効果はない。それができないのは所詮ゴジラ映画が子供だましに堕していることを証明することにしかならないのである。
 『ゴジラ×メガギラス』中の秀逸な描写は、メガギラスが町の人々を襲うシーンに、恐怖のイメージが復活しているところである。それだけに惜しく思うのは、ゴジラ自体でそれがやれていない点だ。だから結局「ゴジラ」は、メガギラスという「悪」を倒す、「正義の味方」的な位置から遠く離れられない。『ゴジメガ』が構造的に平成ガメラシリーズのマネになっていることを否定することができないのである。
 それにしてもゴジラの脚本、私家版でいいから書いてみたくなったな。で、「東京ゴジラ団」もしっかり出すと(^o^)。

 夜、知り合いのUくんから電話。
 何でも今朝方、竹下(ウチの近所だ)で事故があって友達が死んだとか。その友達の方はもう顔を覚えてはいないのだが、ハタチは過ぎていたはずである。車を盗んで、パトカーに追いかけられて、踏み切りに突っ込んだ末、同乗者の若い子二人も巻き添えにしての死だったという話であるが、いい大人が何を考えていたのか。
 今晩が通夜だと知らされたが、いくら昔の知り合いだからといって、そんなアホウのところに香典持って行きたくはない(特に私に連絡があったわけじゃなし)。遺族はおそらくこれから補償で大変になるだろうが、そういうバカを育てた責任をとるのは当然のことであろう。
 Uくんには、昔、言葉の行き違いで随分迷惑をかけたことがある。そのうちヒマな時にでも遊びにおいで、ただし赤ん坊を連れてきたら命の保証はない(本が上から落ちてくるので)と話をする(^_^;)。

 女房、私が相手をしてやらなかったので、ふてくされて寝ている。腹を減らしているだろうと肉を焼いてやるがあまり食べない。父と会って、知り合いと電話して、楽しそうなのに自分と一緒にいても楽しそうじゃない、とふてくされているのである。
 最近その手のストレスがたまっているようだが、私は女房のそばで無表情で何のリアクションもしないのが心をゆだねている証拠なのだが。おかげで女房の顔を見るたびに眠たくなってホントに寝てしまうのである。会話がしたけりゃ、そっちから話しかけてくれ。

02月12日(月)
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