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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■新東京タワーに期待(何のだ)/映画『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』
本作における『フィールド・オブ・ドリームス』の引用は、根幹的なネタバレに関わるものではないから(と言うか、『フィールド』はそもそもミステリーじゃないし)、決して元ネタの価値を損ねるような馬鹿なマネはしていないのである。
それでは宮藤官九郎脚本のどこが魅力かと言えば、またそれかよ、と言われるかもしれないが、これが純然たる「ミステリー」だからである(だからこそ、過去の作品のネタバラシに関してはルールを守って抑制的であるのだろう)。
ぶっさん(岡田准一)の死と再生は、冒頭で示される。
『木更津キャッツアイ』そっくりの韓流ドラマ『釜山港死ぬ死ぬ団』を実家の床屋で見ているぶっさん。ドラマの中でガンであることを告白する「プサン」に、「死ぬってことはそんな簡単なもんじゃないんだよ!」と悪態をつく。それを聞いて、妻のユッケ(ユンソナ)は「ぶっさん、なんで生きてるか、結婚詐欺よ」と突っ込む。
観客は予告編などで、ぶっさんが復活することはとうに知っているだろう。だからこの冒頭シーンが、「再生後のぶっさんのワンシーンであろう」と当然のように予測する。テレビシリーズでも何度となく「ぶっさんはいつか死ぬ」と喧伝されていたのだ。だから、この予測が裏切られることはないのだが、予測が正しいがために、ここに既に別の「伏線」が仕込まれていることに気がつかなくなる。
映画を見終わった時に初めて、ここに「二段構えのトリック」が仕掛られていたことに気がつくのだ。
このシーンが、本編が始まってどこに挿入されることになるのか、それがまた一つのトリックとして機能している。更にそれまでにどれだけの「謎」が伏線として挿入されているか。全ての謎が一点に収束され、解明されていくラストの野球シーンでの怒涛の展開。この時に感じる観客の快感こそが、ミステリーの醍醐味なのである。
この野球のシーンでようやく私は、「これって、ミステリーじゃん!」という事実に気が付いたのだが、その時には既に遅かった。「謎」が提示されていた事実にすら気付いていない間抜けな自分自身を、私は客席に発見することになったのだ。
私の驚愕を想像していただきたい。私は、それなりにミステリー映画には通暁しているつもりでいて、たいていの映画で騙されることは滅多にない。ものによっては、殺人事件も起こっていない冒頭シーンでトリックを見破ることもある。しかし今回は見事に騙された。その理由は簡単である。この映画の最大のトリックが、「これがミステリー映画であることに最後まで気がつかせない」点にあるからだ。
つまり、『シックス・センス』がホラーに見せかけることでミステリーであることを最後まで隠したように、『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』もまた、青春もの、怪盗もの、野球もの、感動もの、コメディなどの様々な衣装を身につけることによって、ミステリーであることを巧妙に隠していたのである。
この傾向はどうやらテレビシリーズのころから試みられていたらしいが、こんなことなら、テレビ版もしっかり見ておけばよかったと後悔することしきりである。 テレビ時代からのファンであったならば、どこに「謎」が仕込まれているかくらいは気が付いていたと思うからである。
ミステリーのネタバラシはしないことをモットーにしていながら、今回、あえて「この映画はミステリーですよ」とバラしたというのは、今の若い人はマトモにミステリーを見た経験なんてないから、この映画を見たあとで、私のこの文章を読んでも、やっぱり何がどうミステリーなのか、分からないだろうと思うからである(ミステリーの素養がない事実を指摘してるだけで、馬鹿にしてるわけじゃないからね)。
しかし、今年の日本映画は『デスノート』と本作と、ミステリーの秀作を二作、得ることができたが、よりレベルが高いのはこの『木更津キャッツアイ』の方だろう。
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11月24日(金)
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