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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■続ける理由/ドラマ『西遊記』第一回/『名探偵ポワロ ナイルに死す』
香取慎吾の孫悟空は、いいアイデアだな、とは思った。SMAPのメンバーは、ジャニーズ系アイドルだあるがゆえに役者としては色眼鏡で見られてしまいかねないのだが、ダンスレッスンを長年受けて来ているだけに体技のキレはいい。冒頭の孫悟空対幻翼大王(木村拓哉)の決闘も、尻切れトンボで終わりはしたが見応えがあった。
ただ、どうしても堺正章版『西遊記』ほか、既成の番組のイメージを後続のテレビ版は全て引きずってしまっているので、キャストは代われど、大同小異の印象を拭えない。いい加減で三蔵法師を女に演じさせるのはやめないかと、私は『西遊記』がテレビ化されるたびに思っている。本気で三蔵法師が女だと思ってるやつ、かなりの数いるんだから(誤解のないように言っておくが、深津絵里が嫌いなわけではない)。『T.P.ぼん』(藤子・F・不二雄)や『西遊少女隊』(山本貴嗣)に描かれているように(笑)、そもそも玄奘三蔵というおっさんは、天竺までの大冒険をやらかした屈強な坊さんであったのだ。
猪八戒(伊藤淳史)が子ブタっぽくなってしまったのは、もしかしたら『ドラゴンボール』のウーロンからの連想だろうか。凛凛(水川あさみ)なんて一行を翻弄するキャラクターは、アニメ『悟空の大冒険』の竜子を連想させる。沙悟浄(内村光良)が計算高い、というのも、同じく『悟空の大冒険』あたりから強調されてきた性格で、これだけ既視感があると、ようするにこいつら「ステロタイプ」の寄せ集めなんだな、という気がして、出来の悪い特撮戦隊モノを見せられているようで、素直に楽しめなくなるのである。
実際、脚本のフォーマットもオリジナルの『西遊記』と比べると、ハコは同じでも精神がまるで違っている。まさしく戦隊モノの脚本にそのまま移行しても構わないような造りになっていて、「仲間とは何か」「信頼とは」「友情とは」という、青臭い日本風のモチーフがくどいくらいに繰り返されるが、視聴者が求めている『西遊記』とは、そういうものなのだろうか?
だから、本格的な冒険ファンタジーとか、そういうのを期待するんじゃなくて、お子様向け『アイドル戦隊西遊ファイブ』を楽しむつもりで見るんならそれなりに面白かろう、という印象なのだね。
……しかしこれ、中国からも放送のオファーがあるって言うけど、放送できるんかよ。老子(大倉孝二)なんか、ただのボケたジイサンだけど、またまた反発買うんじゃないか。
NHK総合で、深夜『名探偵ポワロ/ナイルに死す』の再放送。つか本放送では見逃してたやつ。
デヴィッド・スーシェのポワロはこれまでのポワロ役者の中でも最高だと思ってはいるのだが、テレビサイズの放送では長編物はどうしても原作がダイジェストされてしまうのと、予算的な関係もあるのだろう、ゲストキャストに二流役者が多いのが困ったところである(日本版は更に時間枠に合わせて本編がカットされていると)。
原作は「容疑者の誰もが犯人になり得る」ように描くつもりが、舞台をエジプトにしたり、特定人物にスポットを当てすぎて物語をドラマチックに仕立て過ぎた嫌いがあり、犯人もトリックもバレバレになってしまったという、クリスティー作品の中ではあまり評価が高くないものである。
評価が低いと言っても、クリスティーの諸作は全体を通して見ればそこそこの水準には達しているので、決してつまんなくはないのだが、やっぱりテレビ版は時間の短さのせいもあるのだろう、「ドラマ」を優先してしまっていて、ミステリーとしては凡庸な印象を拭えなくなってしまっている。脚本が長らくシリーズを担当してきたベテランのクライヴ・エクストンに代わって、ケビン・エリオットという人になっているが、同船した人々を、ポワロに「あれは誰、彼は誰」と十把一絡げにざっと説明させる雑な書き方にちょっと閉口してしまった。そんなんじゃ一人一人のキャラクターが視聴者にも印象に残らないし、容疑者リストに入っていても所詮はサブキャラに過ぎないって丸分かりではないか。
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01月09日(月)
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