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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■17万ヒット!/映画『キング・コング』&『乱歩地獄』
私は「お約束」なシーンのたびに笑いを堪えるのに精一杯だったのだが、劇場に詰め寄せたお客さんがたはまるで反応がない。今に始まったことではないが、日本の観客は映画を殆ど見ないから本当に鈍感になっちまっているのである。むりやり日本映画にたとえて言うなら、これは『シベリア超特急』のように、「意味も脈絡もなく往年の名画のシーンが再現されて挿入される」という、思いっきり趣味「のみ」に走ってる超オタクな映画なのだよ。『キル・ビル』に例えてもいいんだが(笑)。
 もちろん笑えるだけじゃなくて、ほかにも見所は随所にある。大蛇しか出て来なかったジョン・ギラーミン版『キングコング』(間に「・」が付きません)と違って、スカル・アイランドにはオリジナル版同様、多数の恐竜たちが登場する。これが素晴らしいのは、単に前世紀の生物が生き残っているという設定になっているのではなくて、恐竜たちが「独自の進化を遂げた」形になっていることだ。だから、コングを襲うのも、実際には羽ばたけないことが分かったオリジナル版のプテラノドンではなくて、羽ばたくことのできるテラプスモルダックスに変更されているのである。
 しかもオタク仕様の設定やパロディだけに凝っているのではなくて、ストーリーラインも揺るぎがなく、最後はキッチリと感動もさせてくれるのだからたまらない。朝青龍が大泣きしたと言うのも納得で、何よりコングがストイックでハード・ボイルドな「男」なのがいいのだ。今回のコングは一切笑わない。ギラーミン版『キングコング』のように、ヒロインのオッパイポロリを見てニヤケるようなナンパな描写は皆無。コングはひたすらアンを守り、アンのために戦うのだ。だからこそ、「美女と野獣」の悲劇がオリジナル以上に際立つことになるのである。
 ああ、もうハッキリと言ってしまおう、我々はこの映画に一つの奇跡を見ることができたのである。即ち、既に伝説となっているオリジナル版を凌駕するほどの傑作が生まれてしまったということだ。あり得ないと仰る方は映画を愛するすべを知らない不幸な人間だと断定してやる。恋愛、アクション、謎と怪奇、恐怖と笑い、スリルとサスペンス、センス・オブ・ワンダー、骨太のドラマ、文明批評、映像美などなど、映画のエッセンスがこれほどぎっしりと詰め込まれている作品は滅多にあるものではない。
 だから、田中芳樹が担当したノベライズ版でのあのラストは噴飯ものの蛇足でしかなく、映画がデナムのあのあまりにも有名な「野獣を殺すのはいつも美女なのだ」で締めくくられたことに私は安堵を覚えたのである。


 映画が三時間を越えていたので、朝から見たのに帰宅は1時近く。
 しげが張り切って作ったというおせちに雑煮をいただく。地方によって雑煮の作り方は違うようだが、福岡の場合、雑煮と言えばたいてい、澄まし汁に餅やかまぼこ、鰤に鰹菜を入れる。実は今朝の病院の朝食もそれだったのだが、しげが作ったものも殆ど同じである。よくやったものだと感心。おせちも海老(頭付きのやつを探すのに苦労したと言っていた)にかまぼこ、鮭の切り身にかしわ、昆布巻きにキュウリのイクラ乗せとなかなか豪華である。ついつい箸が進みそうになるのを押さえたが、しげの料理でこんなに美味しいと思ったことは一度もない。私がまたまた入院してしまったもので。少しは気遣う気持ちを見せてくれたものか。


 夕方から今度は、シネ・リーブル博多駅に『乱歩地獄』を見に行く。
江戸川乱歩の短編『火星の運河』『鏡地獄』『芋虫』『蟲』の4篇を、浅野忠信だけを共通して配役し、4人の監督が別々に撮ったオムニバス。……と言っても、原作通りに仕上がっているものは一作もない。各話のタイトルと基本設定やアイデアを借りただけのオリジナルと言った方がよいのだが、それはそれで小説の映像化のスタイルとしては一つの方法であり文句はない。ただねえ、出来上がりがどうにもねえ、一人よがりに過ぎるものばかりなのがちょっとねえ。

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01月01日(日)
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