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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■古畑VSイチロー/ドラマ『1リットルの涙』第2回
 『愛と死を見つめて』以来、この手のドラマは極力避けるようにしてきたのに、一回目をうっかり見ちゃったら、次の回も気になって見ちゃうんだよね。かつて伊丹万作が映画『小島の春』に苦言を呈したように、こういう「難病もの」が「見るものの涙を振り絞りはしても映画としては何の価値もない」ことは党に喝破されてるのは分かっちゃいるんだけどね。要するに脊髄反射でまさに記号的に「感動」のボタンを押されてるだけなんだけどね。
 見ない見ないと思ってはいても、どんなドラマにも「お涙頂戴」要素は含まれているものだから、いつの間にかそのパターンやセオリーは見えてくる。だから、こういうドラマがいかに現実に取材していようが、ドラマのために都合よく事実を改変され、人物の心理もどこか緊張感、切実感を欠いたものになってしまうことは否定のしようもない。みんな、下手な役者さんじゃないんだけど、やっぱり「お芝居」を見てる感じしかしないのね。
 私自身も怪我や病気で何度も死の淵をさまよった経験があるから思うんだが、そういう経験をすれば、限りある命を大切にしようと希望を持つかというと、そんなことはないのである。じゃあ絶望して自暴自棄になるかというと、そうでもない。どちらの場合も、そんな「ありきたりなドラマみたいな心理展開を自分がなぞるなんてこっ恥ずかしいマネ、とてもじゃないが自分自身で耐えられなくてできない」のである。
 つか全世界の難病の人に聞いてみたい。「あなたは親に向かって『どうしてこんなカタワなからだに生んでくれたんだよ』と文句をつけたことがありますか」と。多分、1%もいねえよ、そんなアホは。ドラマってヤツがどれだけ適当に作られてるか分かりますね。
 それなら病気になって何を考えるかというと、自分のことは殆ど考えなくて、医者や看護師に対する文句と悪態だけだったりするのだね(笑)。実際、何十人もの医者にかかってきたが、その8割は藪で無能で、残り2割は「フツー」でしかなかった。私が何度誤診で死にかけたと思ってるのだ。腹立たしさの方が先に立って、自分の残りの人生の短さを憂える余裕なんてありゃしねえよ。
 ま、私の場合は特殊かもしれないが、実際、希望と絶望は常にコインの表と裏で、どっちか一方に傾くってことはないんじゃないのかね。まあそれじゃ首尾一貫したドラマにゃ向かないんだろうけれど。

 続けて『鬼嫁日記』を見ている最中に眠くなったので寝る。いつもの就寝時間よりも2時間ほど早い。疲れてないつもりだったけど、心労はやっぱりあったのかな。

10月18日(火)
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