ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491657hit]
■貶してるからファンは読まないように(笑)/『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』最終回
えーっとですね、例えばね、今日の「ドラマ」とやらで何がどう萎えるかって言うとね、「未来は俺たちのものだ」みたいな誰ぞ(いや、シンだかキラだとか言うヤツなんだろうけれど、本当にキャラの区別が付かんのだよ、髪形以外全部同じ顔だから。そういうところからも脱却しようってのが『ガンダム』だったはずなんだけどねえ)のセリフ、もうこれまで凡百の小説やドラマやマンガやアニメで何百万回も聞いてきたけど、なんでそんなに多用されるかって言うと、作り手の立場からすれば「いかにも戦後民主主義的かつ個人主義的で客の共感を覚えやすく、かつドラマを終わらせるためには便利なセリフ」でしかないからなのね。
ヒトコトで言えば「安易」なの。
あまりにも使い古されちゃったんで、さすがに近年はもう子供向け番組でしか使えなくなっちゃってるんだけど(子供に対してはシニカルに世の中を見るのはまだ早すぎるし、「理想を与える」という意味で、わざとらしくてもこういう台詞が主人公から吐かれるのも納得できるのね)、じゃあ『ガンダム』は小学生低学年向けのアニメなのかってことだけど、違うでしょ?
もしかして脚本家や監督が馬鹿か既知外でないとしたら、つまり彼ら彼女らは視聴者の方をこそ「馬鹿」扱いしてこんな雑なドラマを書いてるってことになるの。
敵ボスと対峙させる構図もさあ、よくドラマを練らないと全然盛り上がらないんだけれど、小競り合いしただけで簡単に基地内に潜入できて、そんでもって直情径行的で中身の薄い「戦争談義」をさせた末に出たセリフがこれじゃあ、もう気分は落ち込むってものなのである。もちろん、視聴者のレベルを全て「小学生低学年並み」だと想定しているからこそ、こんなホンが書けるのだろう。
腐女子のみなさん、お分かりかね? あなた方はサンライズからは「馬鹿」だと思われているのだよ。
今更何を言ったってしょうがないんだが、今『ガンダム』の名を冠して作られているアニメはこんなテイタラクなのだ。
だったらせめてタイトルをアタマの悪い私たちにも分かりやすいように、『がんばれガンダムくん』とかにしといてくれなかったものかと切実に思う。腐女子向けだと言うのなら、いっそのこと『ガンダムの薔薇』とか『真夜中のガンダム』ってなタイトルにしてくれてたら、かえって腹も立たなかっただろう。
『SDガンダム』シリーズやトニーたけざきの『ガンダム漫画』、大和田秀樹の『ガンダムさん』に対して「ガンダムをバカにするな」なんて怒るファンはおらんだろうが。『SEED』も『DESTINY』も、「本編」のフリをするから腹が立つんだよ。
こんなアホな作品を、作り手たちが「分かってて作ってる」のであれば余りにも寂しい。それは彼らが「陳腐なドラマの方が馬鹿な客が金を落としてくれる」ことを熟知してやっている、ということだからである。そんな卑劣なやつらに客がうまいこと踊らされていると解釈するよりも、「作り手たちはあれがいいと思ってやってる、ただの馬鹿だ」と解釈した方が、まだファンが傷つかずにすむと思うが、どっちが真実なんだか。
ドラマがフニャフニャでもさ、アニメは作画だからね、作画がよけりゃあそんなに文句を言わなくてもいいんだよ。でもよう、モビルスーツの戦闘もすっかりパターン化しちゃっていてさあ、しかも動線がデタラメだから、誰と誰とが戦ってるかも分からなくって、高揚感が湧かなくってさあ。
いや、そもそもモビルスーツという「兵器」のはずなのに、「ポーズを決める」ことにのみ拘って、メカ描写が「キャラ描写」になってしまっていることを、作画スタッフはどう感じているのかね?(実はそれは、古くはテレビ版『Z』のころから始まっちゃいるのだが。劇場版のリテイクの必然性は、そういう点にもあったと言える)そのせいで戦闘自体がパターン化してしまっている点に、作画陣は少しも気がついていないとしか思えない。
[5]続きを読む
10月01日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る