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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■復活のまつもと泉/DVD『クモ男の復讐』
 安達祐美は予想通り十代でも充分通じたが三十代は全然ムリであった。親子であることを強調するために館ひろしを必要以上に老けさせているように見えたが、ちょっとした表情が穂積隆信さんに似て見えて、ああ、この役者さん、こんなにいい味を出せる人だったんだなあと、『あぶ刑事』の印象しかなかった私は自分の見る目の無さを恥じた。
 ただドラマはもう脚本も演出も凡百のテレビ同様、過剰に過ぎていて、朋美(由香里さんは劇中ではそういう名前になっている)の死ぬ間際に「神様、もう少し時間を……」なんて陳腐なセリフを言わせるのはどうかと思う。朋美が残した手紙を読んで、信悟が海の中に駆けて行って泣き崩れるというのはもうお笑いでしかない。手紙濡れるぞ、波で(ってもう濡れてた。娘を最後まで大事にしない親である)。
 実話の映像化は本当に難しいけどね、ここまでわざとらしく演出しなきゃ視聴者には登場人物たちの悲しみが分からないと製作者たちが思ってるのであれば、かなり客を舐めた話である。もっとも、舐められても仕方がないくらい鈍感な客が増えたってこともあるんだろうけれども。


 DVD『クモ男の復讐』。
 『クリーチャーズ・フィーチャーズ』(怪物映画)シリーズの一本として、以前ボックス発売されていたものがバラで販売されることになったので、しげが大ファンなダン・エイクロイドが出演している一本を購入。
 原タイトルが「Earth vs. the Spider」(地球対蜘蛛)といやに大げさだけれども、これはこの映画が1958年の同タイトルの映画『吸血原子蜘蛛』のリメイクだから。更に言えば、その二年前の1956年に公開されたUFO映画『世紀の謎 空飛ぶ円盤地球を襲撃す』の原タイトルが「Earth vs. The Flying Saucers」なので、この映画のヒットに便乗するかのように「タイトルだけはスケールを大きくした」ことが見え見えの、なんともオサムイ映画である。……と思ったら、これ、映画じゃなくてテレフィーチャーなんだね。『クリーチャーズ・フィーチャーズ』の他の作品のタイトルがまた、『人食い人魚伝説』『怪奇異星物体』『獣人繁殖』『魔界覇王』とB級テイスト溢れるものばかりで、まあ最初からマトモな映画を期待しちゃいけないのである。
 2001年製作、という時期を考えれば、サム・ライミ版『スパイダーマン』の便乗企画であることは明白であるのだが、『ターミネーター』や『ジュラシック・パーク』の特撮を担当したスタン・ウィンストンが製作にも絡んでいるから、往年のB級特撮映画を自分の手でリニューアルしてみたかったということもあるんだろう。何しろオリジナル版の「巨大蜘蛛」は、実際の蜘蛛を拡大撮影したものを合成しただけである。今回は、特殊メイク、アニマトロニクスを駆使して、実に気色の悪い「蜘蛛男」を造形してみせている。背中からバリッと服を破って生えてくる三本ずつ対の足(あれ? 元の手足と合わせると10本足になっちゃうぞ?)が生えてくるところなんか、うねうねとなかなかの迫力で、蜘蛛嫌いのよしひとさんが見たら卒倒するだろうと思われるほどのリアルさだ。
 臆病者でアメコミオタクの警備員クェンティン(デヴォン・ガマーソール)が、スーパーヒーローになろうとして、自分が警備していた研究所で開発していたスーパー蜘蛛のエキスを自らの腕に注入したところ、ただの人喰い蜘蛛に変身してしまい退治されてしまうという、なんかもう、本家『スパイダーマン』をからかったような内容だけれども、「ホラー映画」「クリーチャー映画」の系列としては、この結末は正しい。
 けれども、いくら自分の臆病さに我慢がならなくなったからと言って(そのために同僚を強盗に殺されてしまっている)、クェンティンがいきなり蜘蛛のエキスを腕に注入するってのもムチャな話だし(つか、殺人現場に監視も置かねえで警察は何やってるんだか)、自分が蜘蛛に変わっていくのに病院にも行かずに部屋に閉じこもりっきりってのも理解しがたい。もちろん、ドラマとしては蜘蛛に変わってくれなきゃ困るわけで、治療なんてさせられないわけだが、もう少し何とかならないもんだつたかなあというのがB級のB級たるゆえんであろうか。

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09月03日(土)
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