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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■再度、学校という腐れた体質について/『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』(武居俊樹)
 もちろん赤塚さん自身もキョーレツな個性の持ち主である。しかし更にキョーレツな人々が、まさに多士済々、赤塚さんの周りには群れ集っていた。何に驚いたかというと、『おそ松くん』に登場するキャラクターで、主役のおそ松たちを「食って」しまって後半の主役に躍り出た脇役たち、イヤミ、チビ太、ハタ坊、ダヨーン、デカパン、彼らはみんな古谷三敏のデザインだったのである。それじゃあ後半の『おそ松くん』は殆ど「古谷三敏とフジオ・プロ」名義でも構わないほどだ(逆に古谷さんの初期の『ダメおやじ』のストーリー、アイデア、ネームは全て赤塚さんが担当していた)。
 しかも、その協力者たちが実力を付けていくと、赤塚さんは次々と独立させていく。となれば当然自分の作品のアイデアマンが減って行くわけだが、そんなことを赤塚さんは意に介さない。『レッツラゴン』の時にはもうアイデアは赤塚、武居の二人だけで担当している。そして、ネームも作らずにそのまま原稿を描いていくという殆ど「セッション」のようなスタイルでマンガを描いていくのだ。あの「ギャグの極北」のようなマンガが成立していたのは、先を考えずに連想だけで描いていっていたからだったのである。

 武居さんは『レッツラゴン』の『伊豆の踊子』の中身をこう紹介している。
 「馬鹿熊のベラマッチャが、学帽にマント姿で伊豆を旅していて、踊子に出会う(私注・当然ドブスである)。踊子に連れて行かれて、ベラマッチャは、旅館に泊まる。旅館の主が出てきて『学生さん』と呼びかける。ベラマッチャが『なんだね、ドストエフスキーくん!!』と答える。(中略)そこから一気に、狂気の世界に入っていく」
 作中ではあとの展開が書かれていないが、言葉では説明のしようがないくらいに脈絡がない。ベラマッチャは最後にはついに夏目漱石になってしまうのである(ということは夏目房之介はベラマッチャの孫か)。

 私が好きな『レッツラゴン』のエピソードはこんなのだ。
 男ドブスの水島牛次郎は、ドブスのあまり、全ての存在から嫌われている。人からだけでなく、モノからも嫌われているのだ。寝ていると、布団から嫌われて朝目覚めると裸になっている。卓袱台を出そうとすると、卓袱台はヘタる。食事をしようとするとおかずは「さあ、殺せ!」と言って泣く。背広は着られてくれない。ベルトは締めてくれない。靴は履かれてくれない。ウンコはドブスの体内から出られて嬉しくてダンスを踊る。ところがそんなドブスを見ても、馬鹿熊のベラマッチャだけは、少しも嫌うそぶりを見せないのだ。けれどそれはドブスをぬか喜びさせるためのイジメだった。怒ったドブスはベラマッチャを殴り倒して自分以上のドブスにする。やっと二人は仲よくダンス。オチは赤塚さんのモノローグで、「この男ドブスは実在します」(注・確かに、水島新司と牛次郎のご面相はお世辞にも美男子とは言えない。けれど赤塚さんの描く似顔絵はホンモノの100倍もドブスである)。
 この「水島新司・牛次郎ドブスネタ」は当時の赤塚漫画ではしつこいくらいに繰り返されていた。よく、水島新司と牛次郎が怒らなかったものだと思う。 
 
 文字では伝えにくいが、赤塚マンガのアナーキーさが少しはご理解いただけるだろうか。
 そんな作り方をしていけば、作品が破綻していくのは目に見えている。『レッツラゴン』が赤塚さんのマンガの実質的な終点だった。それ以後の作品に見るべきものはない。それはずっと赤塚マンガを追いかけていた我々ファンにもハッキリと判った。そんな悲しい事実すら、武居さんは何一つ遠慮せずに冷徹に記していく。
 赤塚さん一人で描いた『クソばばあ!』は面白くもおかしくもない駄作になった。創刊したマンガ雑誌『まんがNO.1』は長谷邦夫の個人誌と化し、潰れた。詐欺に引っかかり、ヤクザに追いかけられ、愛人を作り、最初の妻と離婚した。アル中になり、マンガも描けなくなり、アシスタントたちも全ていなくなった。まさに転落人生としか言いようがない。

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08月24日(水)
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